人気ブログランキング | 話題のタグを見る

晴風万里

ビリー・ワイルダーの「昼下がりの情事」を見る



闇にまぎれて bowyow cine-archives vol. 3

日本の男のオードリーは大嫌いですが、ベルギーで生まれた英国人女性のオードリーは大好きで、時々その映画を楽しんでいます。

ヘプバーンの代表作はなんといってもウイリアム・ワイラー監督の「ローマの休日」ですが、名匠ビリー・ワイルダーによる「昼下がりの情事」も感動的なクライマックスを楽しむことができます。

いま青春の最初の花を咲かせようとしているヒロインは、パリ・コンセルバトワールでチエロを学ぶ音楽少女です。いつもチエロを持っているオードリーは、さしずめディアナ・タービンのパリ版というところか。その前に突如現れ出でたるはいままさに中年の盛りを過ぎたロマンスグレーの女たらしゲーリー・クーパー。パリはオテルリッツの4号室で貸し切りのカルテットが奏でる甘い「魅惑のワルツ」の音楽に合わせて謎のヴェールの女と踊る水も滴る色男です。
ところがこの海千山千のプレーボーイ、ほんの一夜の慰みに軽く遊んで捨て去るはずが、うぶな少女の下手な芝居にひっかかって本気で恋してしまう。もとより女は初めての恋に無我夢中。危険な火遊びの末路を案じた父親(探偵です)の警告に従って、男は断然リヨン駅で別れようとするのです。

少女はつぶらな瞳に大粒の涙を流しながら愛する男を追いかける。煙を吐いて加速する列車。あなたがいなくなっても男なんて11人もいるのよと強がりを言いながら懸命に追う女。タラップの上で激しく迷ういながらその姿をじっと見つめる長身の男。

そして絶望と悲しみに引き裂かれながらも一途に男を追わずにはいられない純情可憐な小鹿のバンビのクローズアップ! こんな姿を見せられて鬼神も泣かずにおらりょうか。

あわやプラットホームが尽きようとする刹那、その時遅く、その時早く、男は女を救いあげて汽車の中に引っ張り上げる。ここで引っ張り上げなきゃ、男ではありません。また引っ張り上げなきゃ、映画ではない。

そこで男ははじめて「アリアーヌ!」と女の名前を呼びながら接吻をするのですが、キャメラは彼女の大きな右の眼が、絶望から驚き、次いで信じられない歓喜へと変わりゆくありさまをじっと映し出すのです。

するとこれはまたどうしたことでしょう。いつの間に現れたのか、あのお馴染みの四重奏団が「魅惑のワルツ」を奏で、これまたなぜか登場した父親が、幸福な娘の姿を見届けて笑っている。
とうとう結婚することになるカップルを乗せて、汽車は出てゆく、煙は残る。めでたし、めでたし。あまりといえばあんまりなご都合主義なのですが、これがワイルダーの映画さばきなのです。

さらに私たちはこの映画で1961年に60歳で亡くなったこの名優の早すぎた晩年の、ちょっとやつがれた艶な風情をたっぷり味わうことがきます。上り坂の人と下り坂の人、若ものと老人、これから花の盛りを迎える女とまもなく悲惨な老年を迎える男。この2人を待っているのは、いかなる運命でしょうか。そんなことは百も承知のワイルダーは、この大きな年の差を乗り超えた奇跡の愛が成就したパリの昼下がりを見事に創造したのです。

最後にこの映画の唯一の欠点を強いてあげるなら、楽劇「トリスタンのイゾルデ」の上演中に案内嬢に先導されてクーパーと美女が入場してきて劇場の最前列の座席につくシーンでしょう。これは映画ならともかく、実際には絶対に許されないことです。


♪こんにちはと誰もが挨拶交わし合う朝比奈峠を行き来する人 茫洋



by amadeusjapan | 2009-05-10 09:01 | 映画

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

以前の記事

2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧