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晴風万里

カテゴリ:芸術( 74 )




国立劇場で「通し狂言・小春穏沖津白波」千穐楽をみて



茫洋物見遊山記第196回

河竹黙阿弥生誕200年を記念して半蔵門の国立劇場で正月の3日からうたれていた公演も今日が最後の千穐楽です。

黙阿弥の「幻の名作」の2002年以来の再演でしたが、大詰第2場の「鎌倉佐助稲荷鳥居前」の小狐礼三の大立ち回りが凄かった。
いえ、演じた尾上菊之助が凄いんじゃなくて、国立劇場の大道具と大仕掛けと荒事(若い役者のアクロバット)と美術が素晴らしかった。

赤い鳥居さんを素材にして、これを上下左右に自由自在に大車輪のように回転させ、その鳥居の上で一糸乱れぬ立ち回りと&大追跡&大捕物の超絶的曲芸を次々に繰り広げる。
歌舞伎は天下の大見世物とは我ながらよくぞいうたもの。年の初めのエンターテインメントはこれでなくっちゃ。

そういえば去年の今頃も同じ尾上菊五郎の演出で「南総里見八犬伝」の天守閣を舞台にした大詰の壮絶バトルに出食わして、エンドルフィンを盛大に垂れ流したものだったが、今回も十二分に堪能したぞえ。

もしかすると、菊五郎って新春スペクタクル・プロデュースの名人かもしれないな。
恒例の手ぬぐい巻きをとり損ねたのは残念だけど、またひとつ冥途への良い土産を見せてもらいました。音羽屋さん、恩に着ますぜ。


 国立劇場の脇にある「光解体」いったい何をする会社なんだろう 蝶人
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by amadeusjapan | 2016-01-29 10:19 | 芸術

国立劇場で「東海道四谷怪談」をみて



茫洋物見遊山記第195回

 忠臣蔵のインサイドストーリーの元祖で、憤死した塩冶判官の浪人、民谷伊右衛門がどんどん人殺しをしていって妻のお岩やらその他大勢の亡霊の恨みを買って自滅していく陰々滅滅のお噺であるが、いろんなお化けがあの手この手で登場するわりには、全然こわくない。

 スタッフもそれが分かっていると見えて客席にお岩係を忍ばせて懐中電灯でバアアとかやっているが、そおゆう子供じみた比叡山お化け屋敷の真似はやめてほしいずら。

 これは強欲者の強欲ぶり、もっというと人殺しの快楽を実行犯の伊右衛門が蒙った恐怖の刑罰なしに疑似追体験する「バツ無しゲーム」なのである。

 作者の4世鶴屋南北自らが、花道の下からぽっかり浮かび上がって口上を述べるところからはじまって、47士が鎌倉高師直館を夜討ちして晴れて首をあげるまでを発端、序幕、2幕目、大詰まで全11シーンで演じ通すああ堂々の一大通し狂言であるが、文政8年7月江戸中村座での初演は、なんと「仮名手本忠臣蔵」との併演だったというから驚く。

 当時の江戸ッ子は朝から晩まで一日がかりで、この正続・表裏忠臣蔵をたっぷり楽しんだのであろう。これぞ真正の大衆娯楽ぞえ。

 民谷伊右衛門、お岩などなんと5役かけもちの市川染五郎などの高麗屋ご一統さんが最後まで熱演して、珍しく3階席まで超満員の年忘れ公演を、江戸の昔のように今月の26日まで楽しませてくれる。


   妻は子の我は我のみの行く末を案じて眠れぬ寒き夜かな 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-12-18 14:37 | 芸術

国立劇場で通し狂言「神霊矢口渡」をみて



茫洋物見遊山記第193回


あまりに書斎に座ったきりでは心身が腐ってしまうと危惧して寒さと雨を冒して半蔵門まで辿りつき、平賀源内作の「神霊矢口渡」全4幕を見物してきました。

近年では大詰めの「頓兵衛住屋」がよく単独で上演されるそうですが、今回は序幕の「東海道焼餅坂の場」、2幕目の「由良兵衛之助邸の場」、3幕目の「生麦村道念庵室の場」と併せてほぼ100年振りに4幕通しで上演されました。

3幕目では、中村吉右衛門演ずる由良兵衛之助が、足利尊氏に降伏したとみせかけて、主君の新田御家復興をもくろみ、尊氏の部下の目の前で自分の子や忠臣を斬って捨てますが、こういう愁嘆場は歌舞伎ではよくある話なのでさしたる感銘を受けませんでした。

物語のクライマックスである4幕目の「頓兵衛住屋」では、かつて新田義貞の子、義興を謀殺した悪役の渡し守頓兵衛(中村歌六。吉右衛門を凌ぐ存在感を発揮)が、義興の弟義岑をも矢口の渡しで葬り去ろうとしますが、絶体絶命のピンチを救いに登場したのはなんと死んだはずの義興の亡霊。

これがモーツアルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」に出てくる騎士長の亡霊そっくりなのでびっくりしました。

そして舞台下手の頓兵衛の娘がいる住屋、琳派風の波に浮かぶ義興の亡霊、頓兵衛が乗った船の3つの要素が、鮮やかなトライアングルを構成していて、とてもダイナミックな美術装置の妙を見せていました。

義興がひょうと放った矢がいつの間にどう消えて頓兵衛の首を射ぬいたのかよく気をつけて見ていたのですが、その早業のトリックが見抜けなかったのはわたくしの眼がすでに節穴と化しているからなのでしょう。歳はとりたくないものです。

役者は中村吉右衛門、歌六のほかに又五郎、歌昇、種之助、錦之助、芝雀、東蔵などが出演しているのですが、昔ながらの声音を作っているのは吉右衛門のみ。歌舞伎は隆盛と伝えられているようですが、はたして進歩しているのか退化しているのか、よく分からない今日この頃です。


  おもざしを隠しつつ通り過ぎたと妻はいう哀れなるかな昭和の大女優 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-11-27 13:27 | 芸術

国立劇場で「梅雨小袖昔八丈=髪結新三」千穐楽をみて



茫洋物見遊山記第174回

 

 傾きかけた商家のお嬢さん(中村児太郎)。手代の忠七(市川門之助)と言い交わしていたのだが、んなこと委細構わず五〇〇両の結納金のかたに母親は嫁入りを決めてしまう。折良くだか悪くだか来合わせた髪結の新三(中村橋之助)が青菜に塩の二人をそそのかして、お嬢さんを自家へ連れ込んでしまう。

 騙されたと知った忠七から訳を聞いた源七親分(中村錦之助)が新三の家に掛け合いに来るが、たかが一〇両で買い戻すとは馬鹿にするなと追い返されてしまう。

 するとその話を聞いた大家の長兵衛(市川團蔵)がやはり新三の家に乗りこんで、十五両で手を打たせるが、それを知った源七親分が新三を待ち伏せして両者がいざ因縁のチャンチャンバラバラが始まる!というところで幕となる名人河竹黙阿弥の名作なり。

 明治六年の脚本なのに、気分は完全に江戸時代。文明開化なんか無視して旧幕の古く良き時代の思い出噺に花を咲かせようとする反時代的反逆精神の発露をこの芝居に見る。

 私はいつもの天井桟敷だったが、となりに座った大向こうが耳をつんざくような胴間声で「成駒屋アー!」「萬屋アー!」「三河屋アー!」と怒鳴るのには閉口した。こういうのは、小さくてもよく響く声でやってほしいものだ。

 本日で千秋穐を迎えた半蔵門界隈はすでに桜が満開だった。


「成駒屋アー!」「萬屋アー!」「三河屋アー!」と有頂天にラアラア騒ぐ大向こう 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-28 11:43 | 芸術

明治座で「春日局」をみて



茫洋物見遊山記第167回


 明治座の前を通ったことはありましたが、ここで芝居をみるのは恥ずかしながら生まれて初めて。橋田壽賀子の原作・脚本、石井ふく子の演出で「春日局」を見物しました。

 主人公のおふくを高島礼子、お江与(江)を一路真輝、その他大空真弓、沢田雅美、京野ことみなどが出演しますが、滑舌を含めた総合的な演技力では徳川家康を演じた西郷輝彦に軍配が上がったのは私も意外でした。

 橋田選手の無用の長台詞をこの「星のフラメンコ」の歌手が音吐朗々と語り終えたのは見事。さすが元御三家だけのことはあります。

 されど元宝塚の一路真輝などは肝心の台詞が聞こえてこない。遊女役の京野ことみもいかにも演技が拙い。ヒロインの高島礼子にしたって、まあ学芸会に毛が生えたようなものでしょう。

 素人か素人同然の主役を輝かせるためにはよほど脇をしっかり固めなければいけないのに、それが出来ていない。

 演出はまるで3流のテレビドラマを見ているようで感傷的な音楽をやたら流して中高年の女性を泣かせようとするのですが、それが却って真の劇的効果を損なっていることをこのヴェテラン演出家は知らないようです。

 こういう大衆演劇をレベルアップさせるのは、小劇場の演劇や文楽や能や歌舞伎などをもういちど見直してみる必要がありそうです。

 なお本公演は23日まで人形町の明治座で。すぐ隣に水天宮の仮宮が工事のために引越して鎮座しています。


    散華とは国が強いたる犬死にと思い知るこそ慰霊なりしを 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-01-22 13:33 | 芸術

半蔵門の国立劇場で「南総里見八犬伝」をみて



茫洋物見遊山記第166回


 曲亭馬琴の有名な大河浪漫大小説を渥美清太郎がうまく脚色して尾上菊五郎が監修した本作は人情噺よりも立ち回りと荒事、そして要所要所でのと大仕掛けの場面転換が眼にも鮮やかな正月らしいエキサイティングな通し狂言でした。

 発端の里見家の息女、伏姫と迷犬八房の絡みからして規模雄大な舞台が幕を切って落とされますが、序幕本郷円塚山における犬山道節(尾上菊五郎)の火遁の術による華やかな登場、2幕目足利成氏館芳流閣上の犬塚信乃(尾上菊之助)と犬飼現八(尾上松緑)との息もつかせぬ大格闘が最大の見どころです。

 特に感動したのは回り舞台を回転する天守閣から信乃に蹴落とされた捕り手の面々が、バック転しながら舞台暗渠に落下したあと、その姿が3階席の私たちから見られないように黒布を前身に纏いながらゆるゆると姿を消していくことで、そんな隠れた細部にまで神経を遣っている役者魂にいたく感嘆させられたことでした。

 大詰の扇谷定正居城における善悪両党の一大決戦における鳴りもの光りもの大爆発は目が眩むほど華やかなものですが、もしかするとこういう勇壮無比な大スペクタクルこそ本来の歌舞伎の姿なのかもしれません。

 細部で瑕瑾無きにしもあらずながら、全体としてのお芝居の楽しさと勢いと鮮度は抜群でとりわけ美術部門、大道具、小道具の充実と健闘に拍手を贈りたいと思います。 

 なお本公演は来る27日まで。

  なにゆえに松竹歌舞伎座に行かないか阿呆莫迦再建計画には反対だった 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-01-16 10:15 | 芸術

国立劇場で「伊賀越道中双六」通し狂言千穐楽をみて



茫洋物見遊山記第165回

 四四年ぶりに「岡崎」を上演するというので、西暦2014年も押し詰まった26日に半蔵門まで出かけました。

 席はいつもの3階席の上端右側ですが、私の両隣りについに誰も来なかった。券だけ買っておいて欠席するとは勿体ないことをするものですが、御蔭で伸び伸びと見物することができました。

 この歌舞伎は剣豪、荒木又右衛門の「伊賀上野の仇打ち」を題材に取っていますが、この「岡崎」では又右衛門ならぬ唐木政右衛門(中村吉右衛門)が、目指す仇、沢井股五郎(中村錦之助)の居所を、剣の師匠であり股五郎に味方している山田幸兵衛(中村歌六)からなんとか聞き出そうと苦心惨憺いたします。

 そして政右衛門は、霏霏と雪降る幸兵衛の家を訪れた政右衛門の妻お谷を邪険にするのみならず、彼女の懐の中のわが子を自らの手で刺し殺してまでも敵討ちを遂げようとするのです。

 人情よりは義理、自家の肉親を犠牲にしてでも主家の敵打ちを完遂させようとする武士の渡世の哀しさを吉右衛門が好演していましたが、この人の声も、坂田藤十郎ほど酷くはないが、兄松本幸四郎と同様、細身でキンキンして聴き取りにくい。むしろ相方の歌六や尾上菊之助の方が安心して聴いていられます。

 声は役者の基本。私は2代目鴈治郎のような音吐とざっかけない演技が好きなのです。

 ところで国立劇場は、たしか去年の秋にも近松半二作のこの演目をやっていましたが、いったいどこがそんなに面白いのでしょう。


   歌壇よりは花壇を私は取るだろう清く正しく美しいので 蝶人
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by amadeusjapan | 2014-12-28 10:15 | 芸術

国立劇場で「伽羅先代萩」をみて



茫洋物見遊山記第161回


 小雨ぱらつく半蔵門で「伽羅先代萩」の千穐楽を見物しました。

 この歌舞伎は、仙台藩のお家騒動を種にしたものですが、舞台は室町時代に設定され、山名宗全を後ろ盾にする悪臣仁木弾正一派と細川勝元が味方する善臣渡辺外記、乳人政岡一派との激烈な暗闘を描いています。

 その詳しい物語や背景、登場寺人物などについては別添のウキペデイアを参照してほしいのですが、今回の通し狂言の最大の見せ場は、三幕目の「足利家奥殿の場」における弾正の妹、八汐によるお世継ぎ鶴千代の毒殺を死守しようとする政岡の孤軍奮闘ぶりでしょう。

 政岡の愛息千松は、若君鶴千代の代わりに毒団子を食べ、挙句に八汐になぶり殺しにされてしまいます。ヒロインの政岡は、その悲劇を涙一滴こぼさず耐えに耐え、あたりに人がいなくなってから身も世もあらぬ慟哭をするのですが、このクドキの名場面を演じた坂田藤十郎は、予想を裏切る拙劣な演技で大向こうの失笑を買いました。

 昨年秋の「伊賀越道中双六」のときにも感じたことですが、この男の声は小さくて、なにを言っているのか全然わからない。

 他のすべての役者、とりわけ二人の子役が、上手下手は別にしてちゃんと観客に聴き取れる明瞭な発声を心がけているというのに、この大根役者はそんな基本すらができていないのです。

 本人は、わざと声を低めたら客がそれだけ心して聞いてくれる、と思っているのだろうが、あんな蚊の泣くような声をいったい誰が耳に出来るというのでしょうか。。名歌舞伎の名場面の感動を台無しにする愚かな振る舞いと言わざるをえませんでした。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%BD%E7%BE%85%E5%85%88%E4%BB%A3%E8%90%A9


 もうどんなことにも自信がないんですわたし絶対失敗するので 蝶人
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by amadeusjapan | 2014-11-27 11:45 | 芸術

東京国立近代美術館にて「菱田春草展」をみて



茫洋物見遊山記第156回

 閉会ぎりぎりになってしまいましたが、本日11月3日までという「菱田春草展」を飛び込みでみてまいりました。

 同時代を長く生き抜いた横山大観とは生涯を通じての「朦朧体」時代からの盟友でしたが、改めて菱田春草の代表作を通覧しての感想は、

 たった36歳で夭折させるとは、絵の神様も残酷なことをなさるもの。せめてあと1年でも長く絵筆を持たせたかった!の一言でした。

 大観と一緒に欧米を旅した春草は、つとに泰西名画の色彩術や構成法を機敏に学び、それを相対的な若書きの「王昭君」や「賢首菩薩」に反映させていた春草でしたが、最晩年の「落葉」シリーズや「黒猫」シリーズに至ると、それらの技法を超越した前人未踏の美の世界へと飛翔しつづけます。

 それは例えば「早春」の左雙の右上に描かれた小鳥の遥けき彼方に向けて飛び立つ一瞬の静止した姿に見事に象徴されているのではないでしょうか。

 世評高い「黒き猫」ですが、これは彼が描いた鴉と同様、死神の象徴で、枯れ枝に楽しく乱舞する雀たちや豊穣の秋を寿ぐ橙の柿と鋭く対比させる目的のために描かれているようです。

 そのほか大観とは正反対に、他の山々と同じような視線で描かれた富士山、「王昭君」には王昭君と瓜二つの女性が描かれていること。(これはもしかすると彼女の妹か、あるいは彼女の分身ではなかろうか)、未完の「落葉」は落葉が書かれていないがゆえに実際の落葉を想像させる象徴画のような趣を呈している、等々いつまで見物しても見飽きることのない傑出した展覧会でした。

 
なにゆえにシノーポリ/フィルハーモニアのマラ5は面白いメータ/イスラエルにないものが全部あるので 蝶人
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by amadeusjapan | 2014-11-03 11:48 | 芸術

国立劇場で「七世竹本住大夫引退公演」をみて



茫洋物見遊山記第150回


名人竹本住大夫丈が引退すると聞いたので、終日糠雨そぼ降る半蔵門まで駆けつけ、風薫る皐月人形浄瑠璃の饗宴に列することができました。

住太夫丈の引退狂言は「恋女房染分手綱」の「沓掛村の段」の後半「切」の部のみでしたが、さすがは人間国宝の白鳥の歌、登壇するだけで大向こうから万雷の拍手が沸き起こります。

しかも舞台の上では吉田文雀、吉田簑助のご老躰があいつとめ、人間国宝三名人併せての豪華揃い踏みですから、大坂の古典芸能鑑賞感覚零市長はともかく、平成の俄か江戸っ子ならこれを見逃すわけには参りませんて。

されど音吐朗々とは聞こえがよいけれど、蛮声や金切り声で怒鳴る未熟な太夫が多い中、さすがに御歳九〇に手が届きかけた老丈は誰の目にも顔面蒼白と映り、もはやそのような元気な声音は出そうと思っても出せませぬ。

よって全体に詞の意味を噛んで含めるような温厚にして滋味深い発声で終始し、これが満員の聴衆にかえって大きな感銘を与えましたが、隣に座った太棹の鶴澤錦糸の目に浮かんだ一掬の涙が、なによりもこの偉大な浄瑠璃語りへの送別と私の目には映りました。

この日の演目は、この引退狂言のほかに前半は「増補忠臣蔵」、「卅三間堂棟由来」、後半は「女殺油地獄」「鳴響安宅新関」でしたが、文楽の完成度で比較すれば夜の部の二演目の圧勝で、できれば住太夫丈もこちらに出て欲しかった、というのはないものねだりでしょうね。

近松門左衛門の傑作「女殺油地獄」は、「徳庵堤の段」「河内屋内の段」の後を受ける「豊島屋油店の段」における、川内屋与兵衛による豊島屋の女房お吉惨殺シーンが、やはり最大のみものです。

歌舞伎でも有名な、もはや芝居とは思えない地獄絵図をこれでもか、これでもかと繰り広げるのですが、緊張感漲るこのクライマックスをたった一人で語りきった豊竹咲大夫と太棹三味線を鳴らし切った鶴澤燕三の絶演、そしてその凄絶な殺しを担う与兵衛役の桐竹勘十郎の劇演が、「絶対的善者と絶対的悪者の修羅場」をば、われら観客の胸の中で吹きだす血と油で彩るのです。

トリにおかれた「鳴響安宅新関」も思がけない御馳走で、大夫七名、三味線八掉による巨大オーケストラの強奏に合わせて、踊りに踊り狂う武蔵坊弁慶の吉田玉女の操演は、観る者の心を、あはれ遠いみちのくの青空へと導くのでした。


なにゆえに鶴澤錦糸の太棹は泣いている七世名人竹本住太夫との別れの歌ゆえ 蝶人



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by amadeusjapan | 2014-05-23 10:51 | 芸術

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
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