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晴風万里

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鎌倉の鯨が泳ぐ梶原屋敷



鎌倉ちょっと不思議な物語14回

この小さな谷戸に、鎌倉時代の有名な武将梶原景時が住んでいました。(この物語の「第1回太刀洗篇」で平広常を斬ったあの景時です)

しかし正治元年1199年、梶原景時が小山朝光を将軍の頼家に讒言したことに怒った60名の諸将が連署して景時を弾劾しました。

仕方なく景時は逃亡しましたが、結局駿河の国で吉幡小治郎に殺されてしまいました。

この梶原屋敷は同年の12月に破却され、その跡は長らくの間畑でしたが、いまは工務店の汚らしい道具置き場になっています。

屋敷の入り口の右側には梶原井戸が奇跡的に現存しています。

この井戸の底に近所の明王院の鐘が入っていたそうですが、後に引き上げられたと「十二所地誌新稿」には書いてあります。

 梶原屋敷も驚きですが、もっとびっくりするのはこの屋敷跡入り口に置いてある巨大な2頭の鯨です。きっと梶原景時の霊を慰めながら谷間を遊弋しているのでしょう。
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by amadeusjapan | 2006-11-30 20:31

公孫樹に寄す



いざともに青空称えん公孫樹

花も実も投げ捨てて後の栄華かな

ひゃくせんの黄金鳥の乱舞かな

つまとつま離れて生きて公孫樹

風立ちぬいざ生きめやも公孫樹

公孫樹黄金の手を振る別れかな
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by amadeusjapan | 2006-11-29 21:26

「不都合な真実」の試写を見た。



史上最悪の大統領ブッシュに敗れた「一瞬だけの大統領」、アル・ゴアのスライド講演をほぼそのまま映画化したのがこの作品である。

過去60億年にわたって2酸化炭素の排出と気温の上昇がシンクロしてきたこと、最近その度合いが急速にエスカレートしてきたこと、その結果南極の棚氷をはじめ世界中の氷河が猛烈な勢いで溶け出していること、これを放置しておくと南極やグリーンランド島の氷の消失によってマンハッタン島のツインタワー跡地が水没する危険があること、海水温度の上昇によって地球全体の気候が異常を来たし、集中豪雨や台風や日照りや飢饉が頻発し、これらに起因する生態系の混乱によって各種の疾病が大流行し、人類滅亡の危機が目前に迫っていることを厖大な科学調査やデータ解析の結果を踏まえてゴア自身が熱弁を振るう。

はじめのうちは再度大統領選に打って出るためのゴアの政治的プロパガンダ映画かと思っていたが、けっしてそうではなく、彼が月並みだが決死の覚悟でこの地球環境問題と格闘していることがだんだん理解されてくる。

ゴアはすでに60年代の後半からロジャー・レヴェル教授の環境問題への警告に耳を傾け、70年代後半に初の議会公聴会を手がけるようになっていたが、ゴアの息子が交通事故で死にかけたこと、タバコ栽培に従事していたゴア一家の最愛の姉が喫煙が原因でガンで亡くなったことが、この問題に全身全霊で立ち向かう大きなバネになったようだ。

それだけに世界最大の温暖化ガス排出国である自国アメリカが、依然として京都議定書に署名せずこの「不都合な事実」から目をそむけようとしている不誠実さを怒りを込めて弾劾するのである。

しかしゴアはたんにこの否定的な現実を政治的に糾弾して、「わがこと終われり」とするのではない。環境問題は小手先の政治問題ではなく、地球上に生きるすべての人間のモラルの問題だと断じるのである。

皆さん、このまま人類は滅びてもいいのですか? 
この素晴らしい地球をなんとか無事に子孫に手渡そうではありませんか。
子どもたちは「地球を壊さないで」と両親にいいましょう。
人はとかく否定から絶望に走ってしまうがそれはよくない。
「祈るときには必ず行動しよう」というアフリカのことわざに学びましょう。
われわれの一人ひとりが3つのRをはじめ省エネやエコドライブや植樹をすれば必ず危機は救われます。
アメリカの独立戦争にも、ブルジョワ打倒のフランス革命にも、第2次大戦の反ファシズムの戦いにも、私たちは勝利してきたではありませんか。
さあ、すべての地球人よ地球救済運動にいますぐ立ち上がりましょう。
この映画を見て地球の危機について知り、お友達にも勧めましょう!

と、矢継ぎ早に語りつつ、ゴア流現状分析→問題点指摘→超具体的行動方針提起、にいたる怒涛のような1時間半が終る。

正義の熱血漢、環境宣教師、男1匹ゴアが行く―
いまどき世にも珍しい正攻法の環境問題直接行動宣伝映画である。

まるで古き良き時代のアメリカが突然帰ってきたような懐かしさを覚えた私だが、こういう強速球もブッシュ政権のアメリカには必要であろう。

けれどもアメリカは、ゴアの言うように一日も早く中国、インド、豪州などとともに京都議定書を批准し、地球市民共同戦線の輪に入って欲しいものである。

きくところによるとわが国の環境省が、ことしの冬はオフィスの暖房を全部止めるそうだが、じつに見上げた環境運動ではないか。
色々な意味で内部腐敗・溶解・崩壊が近づいてきたわが帝国であるが、こと環境問題にかんしてはまだまだブッシュ帝国なんかには負けていないと思う。そしてこのゴア氏の熱い要請を真摯に受け止めて、私たちに可能な新たな取り組みを始めようではありませんか。

それにしても私の謎は残る。

あのブッシュなんかより人間的にも政治的にも百層倍も立派なゴアを、どうしてアメリカ国民は大統領に選ばなかったのだろうか? 

あ、日本もそうか、トホホ。
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by amadeusjapan | 2006-11-28 23:07

夢は第2の人生である。




*1997/3/25の2週間前の夢

若い米国の青年である私は海で漁をしていた。

えいっとばかりに銛を突き立てると、網の中から金粉で覆われた半魚のアフロディーテが血を流しながら姿を現した。


*2005/3/25の夢

俺は集英社か小学館の広告の人(たぶん梅沢さん )と銀座、新橋、御茶ノ水辺をうろついていた。
あるビルの中で柱によりかかる山本大介に会うが、その顔はのっぺらぼうだ。

そしてやっとパーティが終わって部屋に帰って寝た。

眠ったはずなのに猛烈なカラスの声に目が覚めかけた。

そっと確かめるとそこはどうやら郷里の裏の2階の部屋なのだ。気のせいかさっき
まで俺の側に座っていた女性は大島の紬を着ていた確かに母だった。

しかし天井、部屋、窓の外を見回しても母はいない。

気がつけば俺は鎌倉の自宅の2階で寝ていた。

左手には母ならぬ妻の櫛をしっかり握り締めながら。


*2006年2月某日

それほど大きくないイノシシにまたがって山を下ってくると突然急停止した。

よくみるとその先には道がなく、道の下には川が流れていた。
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by amadeusjapan | 2006-11-27 21:18

勝手に東京建築観光・第2回



双頭のメデューサ
あるいはゴッダムシティのツインタワー



世界のタンゲが、1986年に日本に帰還し、あの新都庁舎コンペに劇的に勝利したとき、当時72歳の孤高の建築家には、すでに分かっていたのだ。

自分がゴッダムシティにつくった新都庁ビルが、その後史上最低の知事によって占拠され、醜悪な政治の伏魔殿と化すだろうことが。

そこでわれらがタンゲは、当初の計画どおり94年に新宿パークタワーという社交界の秘密交際と性の巣窟をつくったのだった。

すると案の定、全世界の有名タレントや芸能人などがワンサカ、ワンサカやって来た。

自分のヒルトンに泊まればただなのに、あのヒルトン姉妹までやって来た。

かくして、いわゆるセレブの隠れ家となったこの最高級ホテルは、右翼方向から流れ込む政治的なパワーに、左翼から性的に対抗することによって、憎悪と愛の定立と止揚(アウフヘーヴェン)を図ろうとした。

といってもなんのことだかわからないだろうから、

要するに「毒をもって毒を制する」ことにしたわけ。

この2つのビルジングは、それぞれが独立した建物ではない。両々あいまってはじめて建築的価値が生まれてくる内面的なツインタワー、なのである。

それゆえに、新宿駅南口から副都心方向に向かって、かつての武蔵野を国木田独歩のように歩むひとは、政と性との世界最高峰における同時多発的バトルを眺望することができるだろう。

そして、これこそが晩年の丹下健三が企んだ秘かなランドスケープ・デザインの「きも」だったのだ。

ダンケ、タンゲ。
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by amadeusjapan | 2006-11-26 19:35

勝手に東京建築観光・第1回




沈黙の弔鐘



まず私が大好きな高層ビルから始めよう。

東京タワーの賞味期限が切れたいま、00年代の東京のランドマークといえばなんといってもこのNTTドコモ代々木ビルであろう。

このビルにはオフィスがなく、携帯電話の巨大な乾電池プールのような役割を果たしているらしいが、なんでも毎日40,50名の見学者が訪れ、しかも日本人より外国人が多いと聞く。

ドコモ代々木ビルは、2000年にNTTの不動産部門のNTTファシリティーズによって旧国鉄操車場跡に建てられた。

その端正なシルエット、ほとんど醜悪な粗大ゴミと化した新宿副都心の超高層ビル群と鋭く一線を画して、あくまでも美しい。また頂上部のルックスは、ポストモダンンなクライスラービルといったところだろうか。

設計者は02年建築のドコモ川崎ビルと同じく林雄嗣で、そのコンセプトは「現代の仏壇」である。

つまりドコモ代々木ビルは、かの偏狭な靖国神社に代わって15年戦争のすべての死者に哀悼の意を表しつつ、近未来の廃墟トーキョーに向かって沈黙の弔鐘を打ち鳴らしているのである。

夜も昼も…
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by amadeusjapan | 2006-11-24 21:02

鎌倉ちょっと不思議な物語12回



とても危険で観光どころではない鎌倉



家の近くに温泉?がある。
といっても熱海や箱根のような迫力はない。ドラム缶の中に地面から湧くお湯が溜まっていく天然の自噴井らしい。
もしかすると鎌倉唯一のミニ温泉かもしれない。(写真1)

あまり温度は高くないが鎌倉の天然記念物くらいの値打ちはあるだろう。この家の人はたぶん温泉のお湯で洗車しているのではないかなあ。

でも、こんなところでなぜお湯が出るのだろう? それには深い訳がある。

もとよりわが国は名高い地震国だからどこを掘っても1キロくらいの深さからお湯が出る。だから鎌倉に温泉があってもちっとも不思議ではないのだが、それだけではない。

おらっちが住んでいるこの十二所付近には地下にマグマの塊が潜み、13世紀中頃の鎌倉時代にマグニチュード8クラスの大地震が起こったのである。

当時日本の首都であった鎌倉には、1)頼朝が住んでいた鶴岡八幡宮付近の大倉幕府、2)頼朝が父義朝の墓地があった勝長寿院、3)実朝が蹴鞠を楽しんだ将軍別邸の永福寺、4)そして巨大な祭儀センターの大慈寺、と合計4つの重要施設があったが、この大地震のためにわが十二所の大慈寺を拠点とする壮大な七堂伽藍は一夜にして灰塵に帰した。(写真2)

長谷の大仏以前に造られた大慈寺の有名な大仏は、このとき首がぽっきりと折れてしまい、その首の残骸がいまの光触寺(一遍上人建立。頬焼き地蔵で有名)に安置されている。(写真3)

大慈寺跡には現在どういう風の吹き回しか大きなカトリック修道院が建っているが、この裏山の阿弥陀山が崩壊し、盆地の明石谷戸(いまうちのおばあちゃんが住んでいるところ)の地下全体が液状化状態になった、

そうである。(「吾妻鏡」&鎌倉市の発掘調査による)。

あれからおよそ750年。ついこないだの関東大震災をはさんで、鎌倉温泉の温度がじりじり上昇すれば、またまた鎌倉大地震が勃発する危険性はかなり高い。

いざ釜倉、地獄の季節よ、どーんと来い!
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by amadeusjapan | 2006-11-23 19:26

鎌倉ちょっと不思議な物語 第十一話



小さな橋の上で



数年前、近所に突然ウクレレの店ができた。

ウクレレといえば牧伸二か高木ブーだが、店長さんはそのいずれでもなく50代半ばの赤ら顔のおじさんだった。

 Tシャツに短パン姿でパイプをくわえながらハワイアンを弾いたり、透明なビニールハウスの中でウクレレを木から作っていた。店ははじめはガラガラだったがそのうち東京ナンバーの車でかなりのお客がやってくるようになった。おじさんは彼らにウクレレの製作を教えていた。

3年前の7月中旬の午後7時過ぎのことだった。私がこのお店の左側を入った所にかかっている小さな橋の上で自転車を停めてきょろきょろしていると、そのおじさんが「何をしているんですか?」と声を掛けてきた。

私が「ヘイケボタルを探しているんです」と、答えると、「まさか私の家の裏でホタルが出るなんて!」とおじさんはびっくりしたようだった。そしてパイプを口からはずして、自分が鎌倉の海岸の傍で生まれ育ち、少年時代にはホタル狩りをしたこともあると語った。

私が「昨日の夜もこの橋から3匹見たんですよ。でも今夜はいないですね」と言うと、彼は「もう鎌倉にはホタルなんていなくなったと思ってました。これはいいことを聞きました。今日からしっかり観察しますよ」と、大喜びであった。

私は次の夜も、そのまた次の夜も、ウクレレ屋の後の小さな橋の上で自転車を停めて滑川の上流と下流を眺めたが、それっきりホタルは現れなかった。パイプのおじさんにも会わなかった。

それから1年が過ぎて、去年の7月上旬の午後7時過ぎのことだった。

私はいつものようにこの小さな橋の上に立っていた。

その日はいつもより多い6,7匹のヘイケホタルが、滑川の上にはらはらと舞う姿を私は陶然と眺めていた。

するといつのまにかウクレレ屋から一人の若い女性が出てきて、「ああ奇麗だこと」と言いながらホタルを眺めている。そこで私が思い切って、「今日はこちらのお店のご主人はいらっしゃらないのですか。あのパイプのおじさんは?」と聞いてみると、彼女は「今年の5月に突然亡くなってしまいました。あんまり急なことだったのみんなびっくりしてしまって」と、実に意外な訃報を私に伝えた。

彼女がおじさんの娘か親戚か店のスタッフなのかは分からなかったが、急死のショックは相当大きいようだった。私もあんなに元気そうだったおじさんが、と、信じられない思いだった。

私が、「おじさんにこの橋にホタルが現れることを教えたのは、私なんですよ」と言うと、彼女は、「去年の夏は毎晩ここから眺めていましたがとうとうホタルを見ることができなかったので、今年こそはと楽しみにしていたんですが…」と言い掛けて、どうやら涙を隠すためであろう、急いで店の裏の部屋へ姿を消した。

それから私は、また小さな橋の上から暗闇を自由自在に乱舞するヘイケボタルに見入った。

そしてそのホタルのうちの1匹が、あのパイプのおじさんのような気がして思わず合掌したことであった。
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by amadeusjapan | 2006-11-22 21:57

鎌倉ちょっと不思議な物語 第一〇話


鴨たちはこうしたもの



今日、散歩の途中で滑川をのぞいてみたら、鴨が二つがい浮かんでいた。
ということは、全部で4匹である。

彼らはカップルごとに移動するが、二つのカップル同士が接近して多少の混乱を招くときもあるようだ。

私はなんとなくモーツアルトの「コジ・ファン・トゥッテ」の世界を思った。


鴨のように仲睦まじく生きて死にたい

風雪に耐えゆく鴨の行方かな
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by amadeusjapan | 2006-11-21 19:56

鎌倉ちょっと不思議な物語 第九話



今日はトリの話です。



昨日ご紹介したヘビが出没する川の土手にはカワセミが巣を作っています。

猛烈な勢いで狭い流域を飛び回っては、また巣に戻る。

私はこのカワセミを、かの大作家ジュール・ベルヌとかの大映画作家エリック・ロメールに敬意を表して「緑の光線ちゃん」と呼んでいます。

それからこの川の中にはカモの夫婦やカメやハヤもすいすい泳いでいます。初夏には天然のへイケボタルも飛ぶのです。

トリに話を戻すと、太刀洗や熊野神社近辺ではコジュケイの家族連れに出会います。つい先日もぱったり出くわしてお互いにワアと驚いたことでした。

ここいらではすべての生物の天敵のタイワンリスが大繁殖しているというのに、よくぞ生きながらえていてくれるものです。

彼らはほとんど空を飛べずに山野を農協の団体旅行のように歩き回っているだけ。だからあの凶暴なタイワンリスに襲われればそれこそ聖徳太子の一族のように皆殺しされてしまうのです。

さて今日の午後5時過ぎ、新宿の学校から鎌倉に戻ったばかりの私は、東口駅前交番の隣に立っているクスノキの樹を撮影しておりました。

真っ暗な写真ですが、右端から飛び出していく白いものが見えませんか?

実はこれはスズメです。

そして見えない目をよーく凝らしてこの心霊写真をご覧下さい。そーするとあちこちにスズメたちが飛んだり跳ねたり鳴いたり喚いたりしている姿が見えてくるでしょう? 

なに見えない? まだまだ修業が足らないなあ。

ともかく何十羽のスズメたちがこのように集まって周囲の人々を驚かせております。

私が青池様より譲って頂いたデジカメ名機を彼らに向けていると、会社帰りのおじさんが近寄ってきて尋ねました。

おじさん「なんの鳥ですかなあ?」

私「今日はスズメです」

おじさん「じゃあ他の日にはスズメ以外のトリも止まるの」

私「はい。昔はスズメじゃないトリがやっぱりこうやって大集団でこの樹に群がっておりました。たぶんシジュウカラだと思います」

おじさん「そういえば小田急の藤沢駅前の樹でも、こうやって大騒ぎしているなあ」

このとき横合いからおばさんが登場。

おばさん「でもスズメはなにしてるのかしら?」

おじさん「街なかは人間がおおぜい居て安全だからこうやって集まってるんですよ。町の外はトンビやカラスが飛んでいて危険でしょ」

私「いやいや、彼らはああやって集まって文化服装学院FD専攻の生徒さんと同様に、熱心にお勉強しているんですよ」

おじさん&おばさん「???」

私「ほら、スズメの学校ってよくいうじゃないですか」

おじさん&おばさんは、なおもフラッシュをたきつづけている私を残して、さっさと改札口に消えていきました、とさ。
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by amadeusjapan | 2006-11-20 21:26

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
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