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晴風万里

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追悼 ロストロポーヴィッチ



♪音楽千夜一夜 第18回

風薫る5月を目前にしてエリツェン前大統領の後を追うように、ロシア、というよりは旧ソ連のチェリリスト&指揮者ロストロポーヴィッチがガンで80歳で亡くなった。

チェロ奏者としてのロストロの代表作は、やはり晩年のバッハの無伴奏組曲ということになるのであろう。

しかしそれはヨーヨーマの演奏よりはましとはいえ、残念ながら私にはつまらなかった。むしろ往年リヒテルとフィリップスに入れたベートーヴェンのチェロソナタの燃え滾る劇演が忘れがたい。

世間では、指揮者としてのロストロについてはまるで評価していないようだが、ワシントンナショナル響を率いて入れたショスタコーヴィッチの交響曲全集や20世紀最高のオペラのひとつ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の名演は、いつまでも私たちの胸を焦がすだろう。

しかし音楽の仕事もさることながら、ロストロ氏は、旧ソ連の社会ファシズム体制にあって人権と芸術表現の権利を守るために命懸けで戦った自由の戦士として後世に名を留めるであろう。

あのソルジェニーツインを身を挺して自宅に匿い、頑迷な共産主義者と戦うためにエリツェン前大統領と共に内務省に立てこもった戦う老インテリゲンチャの姿は、中国天安門事件の民主化運動で戦車の前に立ちふさがった少年の姿に重なるようにしてときおりは私たちの脳裏に甦ることだろう。
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by amadeusjapan | 2007-04-30 10:15 | 音楽

暴かれた秘境



勝手に東京建築観光・第12回


ある年の夏の夕べ、私は千代田線の乃木坂を降りてS山紀信氏のアトリエを訪れた。

仕事の打ち合わせを終えた私が、アトリエの前の小路をぶらぶらと歩いていると、S昌夫という歌手が経営しているスタジオがあった。

そこを過ぎてさらに進むと、瀟洒な煉瓦色の低層住宅が静まり返っていた。

鬱蒼とした森に囲まれたその一画は、楠や椎の頭上からセミの鳴き声が響き渡り、舗装されない地面には木漏れ陽がゆらゆらと揺れ、群青色の夏の空には白い大きな雲が浮かんでいた。

静かだった。そして、誰もいなかった。

住宅群の入り口にはI倉建築事務所と書かれた門札があり、無人のエントランスを直進すると、同じ建築仲間のビッグネームI氏の名前が記されていた。

現代思想家としても知られるこの孤高の天才は、誰もがうらやむような東京に残された最後の秘境に住んでいたのだった。

それから十数年が経った。

ある日突然、クレーン車がうなりを上げてこの緑の館の隣接地に突入し、昼夜をわかたぬ突貫工事が始まった。当世流行の商業施設の建設が開始されたのである。

しかし秘境に住む二人の建築家は、このプロジェクトには招聘されなかった。

けれども彼らの最大のライバルが指名され、彼らの最愛の地からわずか数十メートルの地点に奇怪な両翼の鉄板長屋をこしらえるにおよんで、さすがに温和な紳士も内心の憤りを隠すことはできなかっただろう。

『この建築意匠は、そもそもは私の発想ではないか。それなのにどうして君が指名されるのだ? 私ならもっと素晴らしい建築を創造できたはずだ。君の東京案よりも私の福岡案が幾層倍も優れていたように……。いや、そんなことなどもはやどうでもよい。私の終の住処を、君たちはどうして白日の下に曝け出し、暴きだすのか? おお、建築家よ、呪われてあれ! かくも因果な職業がこの世にあるだろうか?』

東京ミッドタウンの「21-21デザインサイト」の前に立つと、私にはI氏のこんなうめき声が聞こえてくるような気がするのだ。
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by amadeusjapan | 2007-04-29 11:00 | 建築

東京ミッドタウンのガーデンを眺めながら



勝手に東京建築観光・第11回

 
歴史的風土を切り捨て、市場原理だけを優先して商業施設を乱開発する人たち。その土地固有の植生を無視して自分勝手な好き嫌いや趣味や流行で公共の場の園芸プランをわたくしする人たち。見た目や手入れや費用だけで街路樹を選定するおぞましい人たち……。

彼らはその土地に古くから棲む精霊の御業によって成仏できず、われら現代人の永遠の憧れである、あのワンダフルな靖国神社に小泉前首相や石原都知事とともに合祀されることも許されず、未来永劫にわたって神国不敬罪の罰を受けることだろう。

東京ミッドタウンのアトリウムや庭園に植えられている植物は、ほんらいは長州藩毛利家下屋敷の植生を想起すべきだと私は考えるのだが、実際に植えられているのは地霊になんの敬意も払わない“任意の素敵な植物群”である。

この庭にはナミアゲハやアオスジアゲハやモンシロチョウやエノキチョウが飛来することはあっても、その産卵と孵化が行われることはない。

土壌の設計の段階で、動植物の再生と再生産という視点が見失われ、生態系の循環が切り捨てられているのだ。

この土地の真の主人公である地下の微生物の「生産」を捨象し、この土地に定住しない人間たちの「消費」しか想定しない庭園では、時間と共に推移する生命に満ちた豊穣な自然は本質的には存在していない。

だからこの庭園は晴れやかではあっても、無個性であり、太宰のいう「ホロビニイタルアカルサ」に包まれた“カルチャーなき仇花”なのである。

そのガーデンは、東京のど真ん中で、生命の流通と交換を絶たれたまま、中空に停止している。根無し草として串刺しになり、すでに仮死の状態にある。

私はこれと同様な光景を、数年前の神宮外苑の「第1回ガーデニング大会」で見たような気がする。

そこには「我が懐かしき庭の記憶」というタイトルで、昭和初期の木造住宅と小さな庭が設営され、物干しに干された洗濯物が翻っていた。

驚いたことには、会場のいたるところに人工林が作られ、白樺林の間を縫って清らかな小川までがさらさらと流れているのであった。

それは確かに懐かしい光景ではあったが、あくまでも大量の資金と大量の植物や水や土土砂をどこかの自然を破壊してこの人工舞台に持ち込んだ“まがいもの”であった。

このイベントが終った後、誰がその白樺や桜や無数の草花を元の生育地に返還するのだろうか?

それなのに人々はその“贅沢なまがいもの”を、心の底から賛美しているのであった。

おお、なんと退廃した大宮人たちよ。そなたの鋭敏な感性と知性こそ呪われてあれ!

うるおいのない都市生活に自然を取り戻そうとするガーデニングに人気が集まり、その手法や技術が洗練されるのは文化の進歩である。

しかしこれは自然の復権ではなく、その反対の暴挙ではないだろうか。

そこには、長年に渡って田舎のゲンジボタルを乱獲し、観光ホテルの庭園に放って観光客を誘致していた都会人の傲慢と共通するような無知と傲慢が流れていた。

ゲンジボタル1匹と共生できなくて、なんの己がにんげんか!

いずれにしても、これからの建築は本体と同様、あるいはそれ以上に庭園や植樹のあり方に高邁な思想の差配が必要である、

と、私は砂上の楼閣に似た白痴的ガーデンの虚栄の美を見るともなく眺めながら考えたことであった。
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by amadeusjapan | 2007-04-28 11:31 | 自然

東京ミッドタウンのガーデンを眺めながら



勝手に東京建築観光・第11回

 
歴史的風土を切り捨て、市場原理だけを優先して商業施設を乱開発する人たち。その土地固有の植生を無視して自分勝手な好き嫌いや趣味や流行で公共の場の園芸プランをわたくしする人たち。見た目や手入れや費用だけで街路樹を選定するおぞましい人たち……。

彼らはその土地に古くから棲む精霊の御業によって成仏できず、われら現代人の永遠の憧れである、あのワンダフルな靖国神社に小泉前首相や石原都知事とともに合祀されることも許されず、未来永劫にわたって神国不敬罪の罰を受けることだろう。

東京ミッドタウンのアトリウムや庭園に植えられている植物は、ほんらいは長州藩毛利家下屋敷の植生を想起すべきだと私は考えるのだが、実際に植えられているのは地霊になんの敬意も払わない“任意の素敵な植物群”である。

この庭にはナミアゲハやアオスジアゲハやモンシロチョウやエノキチョウが飛来することはあっても、その産卵と孵化が行われることはない。

土壌の設計の段階で、動植物の再生と再生産という視点が見失われ、生態系の循環が切り捨てられているのだ。

この土地の真の主人公である地下の微生物の「生産」を捨象し、この土地に定住しない人間たちの「消費」しか想定しない庭園では、時間と共に推移する生命に満ちた豊穣な自然は本質的には存在していない。

だからこの庭園は晴れやかではあっても、無個性であり、太宰のいう「ホロビニイタルアカルサ」に包まれた“カルチャーなき仇花”なのである。

そのガーデンは、東京のど真ん中で、生命の流通と交換を絶たれたまま、中空に停止している。根無し草として串刺しになり、すでに仮死の状態にある。

私はこれと同様な光景を、数年前の神宮外苑の「第1回ガーデニング大会」で見たような気がする。

そこには「我が懐かしき庭の記憶」というタイトルで、昭和初期の木造住宅と小さな庭が設営され、物干しに干された洗濯物が翻っていた。

驚いたことには、会場のいたるところに人工林が作られ、白樺林の間を縫って清らかな小川までがさらさらと流れているのであった。

それは確かに懐かしい光景ではあったが、あくまでも大量の資金と大量の植物や水や土土砂をどこかの自然を破壊してこの人工舞台に持ち込んだ“まがいもの”であった。

このイベントが終った後、誰がその白樺や桜や無数の草花を元の生育地に返還するのだろうか?

それなのに人々はその“贅沢なまがいもの”を、心の底から賛美しているのであった。

おお、なんと退廃した大宮人たちよ。そなたの鋭敏な感性と知性こそ呪われてあれ!

うるおいのない都市生活に自然を取り戻そうとするガーデニングに人気が集まり、その手法や技術が洗練されるのは文化の進歩である。

しかしこれは自然の復権ではなく、その反対の暴挙ではないだろうか。

そこには、長年に渡って田舎のゲンジボタルを乱獲し、観光ホテルの庭園に放って観光客を誘致していた都会人の傲慢と共通するような無知と傲慢が流れていた。

ゲンジボタル1匹と共生できなくて、なんの己がにんげんか!

いずれにしても、これからの建築は本体と同様、あるいはそれ以上に庭園や植樹のあり方に高邁な思想の差配が必要である、

と、私は砂上の楼閣に似た白痴的ガーデンの虚栄の美を見るともなく眺めながら考えたことであった。
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by amadeusjapan | 2007-04-28 11:30 | 自然

安藤忠雄と21-21デザインサイト



勝手に東京建築観光・第10回

東京ミッドタウンの乃木坂寄りには庭園があり、その奥には三宅一生氏などが立ち上げたデザイン開発の拠点「21-21デザインサイト」が低くかがまっていた。

設計はおなじみの安藤忠雄であるが、ここのコンセプトが三宅一生の“1枚の布”から生まれたものであるという安藤の主張はきわめていかがわしいものと思えた。

まあ一種のこじつけであろう。しかしながら、この「低く地面にかがまっている姿勢」は、その右側にまるで権力の象徴のように高く聳えるパワータワー(オント! オント!日建設計)よりも少しく謙虚であり、いくぶん知的であり、しかも、驚いたことにはそれらの虚塔より目立ってもいるのである!
 
超高層よりも低層平屋建てのほうが、豊かで人間らしい建築物であることは、すでに70年代から磯崎新などが唱えていたし、実際に磯崎が新宿副都心都庁案で師丹下健三のノートルダム案と敗北覚悟で張り合った提案でもあった。

だから安藤の「地上すれすれ案」とか「地下沈没案」などは磯崎案の周回遅れのアイデアかもしれないのである。

安藤は素朴な創案家だが、建築の先達のコンセプトを臆面もなく剽窃するし(「光の教会」など)、やれ環境だの、緑だの、花だの、人間性だのと、そのつど派生する流行のトレンドにはきわめて敏感な人だ。そうしていつものことながら細部の仕上げは見事な手際である。

しかしそのやり口を岡目八目よろしく眺めていると、彼特有の骨太コンセプトの適用がかなり大ザッパで、実際は環境問題の本質などには肉薄していないことが分かる。

例えば安藤は震災後の神戸にうるおいを取り戻すため、町のいたるところにハナミズキを植樹することを提案し、行政側に受け容れられた。

その結果、ほんらい神戸の植生とはまるで無関係な米国産のこの白い花は次第に神戸の市内に氾濫し、街は遠からずハナミズキだらけになるだろう。

それは新しい神戸らしさの植え付けには寄与するだろうが、海を渡ってやって来た古代の神々が戸をたたいたと伝えられるこの小さな漁港の来歴と風土と動植物にふさわしい贈り物であるか否かは、はなはだ疑問である。

またこれは安藤が手がけた淡路島の淡路夢舞台と直接関係はないと思うが、この島では様々な花を植えて全島で島起しをはかっているそうだ。

しかしながら、淡路島伝来の植物を夜郎自大に外部から持ち込むことは、他の動植物の外来種侵入と同様、生態系の維持にとって好ましくないのではないだろうか。
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by amadeusjapan | 2007-04-27 14:27 | 建築

東京ミッドタウン見物



勝手に東京建築観光・第9回

六本木の自衛隊跡地に三井不動産が開発した東京ミッドタウンを見物した。
 
ここは、江戸時代は長州藩毛利家の下屋敷、明治以降は陸軍歩兵第1連隊が置かれた場所である。

戦後米軍の接収を経て防衛庁が置かれたが、2000年5月に市ヶ谷へ移転したあとは自衛隊が使用していた。

当時は自衛隊といってもあまり殺伐とした雰囲気はなかった。低層平屋の建物があちこちに散在するなかを制服姿の隊員たちが談笑したり、のんびり敬礼などしている姿を見かけたものである。

ところで都民の迷惑を顧みず、天下の大東京を前後左右上下に開発する4つの巨大デベロッパーといえば東京都と三井、三菱、森グループだが、まずこの3番目の不動産屋が、かの六本木ヒルズを天空高くでっちあげた。

するてえと、名門?三井不動産も負けるものかと勇み立ち、東京どまん中まで駆けつけ、最高級ホテルザ・リッツ・カールトン東京が入居する高層タワーやら、東西2個のビジネス棟やら、サントリー美術館やら、流行の商業施設やらをてんこもりにした複合施設東京ミッドタウンなるものをでっちあげたのであるんである。

開店してからそうとう日にちが経つというのに、そこらはおばはんの団体やら視察ビジネスマンやら上流社会を華麗に生きるあほばかセレブリティの母娘などなど、大勢の善男善女たちがうろうろしていた。

しかし私はといえば、彼らと私には何の精神的物質的紐帯がないことだけが残念であった。

私が知るこの一帯は、浪費と虚飾に少し倦み疲れた六本木のすがれた風情がかつては垂れ込めていて、その点だけは悪くなかったのだが、きょうびはいかなる風情も人情も皆無の無味乾燥無機地帯と化していた。まるで白痴の土地とはあいなった。

そのかわりに、ここは汐留であるといってもよく、品川と称してもよく、なんなら香港でも桑港でもロスでもNYというても代入可能な、大量の鉄とコンクリとガラスの大群が勝手にそそりたって、我ら人民を睥睨しておったのである。

「富士フィルムの人よ、君たちはほんとにこんなオフィスで働きたいのか?どっちかいうと夕張のほうがまし環境だと思うけど」と私はつぶやいたが、インフメーションの案内嬢は聞こえなかった振りをした。

もしかして大ガラスの1羽も飛んでいまかいか、と私はいまにも雨の降りそうな曇り空を見上げたが、幻影のそれさえ近づいてはこない。

しかたなくこの東京中央町ビルジングをもういちど凝視すると、驚いたことには、それは既にして21世紀の廃墟そのものなのであった。
「創建されるや否や既にして廃墟なのに、それがお前の眼には見えぬのか? 汝臣民、何故にあっけらかんと空虚なアトリウムをさすらうのじゃ? このかわいい阿呆どもよ」
と、私はひとりごちた。

 ちなみに東京ミッドタウンの大半は、日本人好みの最大公約数メーカー日建設計が手がけ、サントリー美術館などの一部を隈研吾氏が担当したそうだ。

その隈氏は、相変わらず和風の木や紙にこだわっているというのだが、現地ではそれらは建築物総体のほんの一部を構成しているのみで、例えば青山の梅窓院やONE表参道と同様ほとんど存在感はない。

彼は「負ける建築」などとかっこいいことを言っているが、実際には「資本に負けた建築」、「世間に対するおためごかしの建築」ばかり作っているのではないだろうか?
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by amadeusjapan | 2007-04-26 09:46 | 建築

モネ展を見る



降っても照っても 第8回

さて肝心の展覧会だが、私は印象派もモネも好きだが、このモネ展はあまり感心しなかった。

確かにあの睡蓮や英国の国会議事堂やビッグベンやウオータールー橋やルーアンの大聖堂などの名作は並んでいた。しかしなんだか世界各地から準主力作品の寄せ集めという希薄な印象はまぬかれない。

パリのオルセー美術館からやって来た「日傘の女性」(本展のポスターになっている)も、あそこにどっさり並べてある連作のうちの、比較的印象の薄い1点のみで、どうも隔靴掻痒の感がぬぐえない。

最近の東京はまたまたいやらしいバブルの時代に突入したとみえて、やたら美術館と演奏会場と展覧会とコンサートが増えてきた。

そうしてそのぶんどの展示も中身が薄くなってきているから、このモネ展もどうせそんなもんだろうと予想していたら、案の定そうだった。別に驚きもしなかったが、久しぶりの美術巡りなのでちと寂しくもあった。

さて世界から寄せ集めた全97点中、私のベスト2は、なぜかアサヒビール所蔵の「睡蓮」と「日本風太鼓橋」。

特に後者はお持ち帰りしたかった。でもサントリーならともかく、どうして営利第一のこんなビール会社がモネを持っているのだろう? 

もしかしてトップに隠れた目利きがいるのかな。謎だ。
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by amadeusjapan | 2007-04-25 13:43 | エッセイ

国立新美術館を見る



勝手に東京建築観光・第8回
 
黒川紀章が設計した新しい国立美術館を訪れ、ついでにモネ展を見物してきた。

まず美術館だが、さすが人騒がせな黒川らしくダイナミックな外装である。ガラスが丸みを帯びて大きく波打っていた。

鉄とコンクリとガラスという冷徹な素材に、なんとかやりくり算段して温和性、運動性、そしていくばくかのヒューマニティを盛り込もうとする黒川の意図はよく分かる。

内部に作られた逆キノコ状の漏斗も無機的な内装に一定程度の植物性をもたらす効果を上げている。

が、褒められるのはここまで。それなりに工夫されたスケルトンが内包するリフィルには、いたずらに空虚な大空間が広がるのみだ。

しかも区画整理があまりにも機械的で、入場者の入退場の便などいっさい考慮されていない。とくにエントランスやトイレやクロークの狭さは言語道断。国内最大規模の貸ホールなのに、これで3階の全ホールが使用された暁には(そんなことは絶対にないだろうが)会場内は大混乱するであろう。

展示会場に入ると、その導線と照明が良くない。モネ展など入場したその次の空間の処理が悪いから、客の流れが混雑を起こしている。中学や高校の文化祭以下のレイアウトである。

モネの「睡蓮」の大作の表面がガラスで覆われており、そこに普通のライトを当てているから、客が画面を覗き込もうとすると自分の顔が見える。

きっとありきたりの印象派の展覧会だとつまらないので、最近復活してきた「モノ派アヴァンギャルド展」風に演出したのであろう!? 

それやこれやでともかく国内最低の美術館のひとつであることは間違いがない。


しかしたったひとつだけこの美術館に見所があった。それは本館左側の別館の前に安置された旧陸軍歩兵第三連隊のレンガの入り口の一部である。

思えばあの昭和11年の2.26事件の首謀者のひとり安藤輝三第6中隊長は、兵を率いてこの場所で決起し、他の2名の士官とともに反乱罪で死刑に処せられたのであった。

驚いたことに、既成秩序に反逆した者たちの「遺物」としてのレンガの断片は、黒川のうそすそとしたガラス細工の虚構の幻影をすべてをぶちのめす、異様なまでの存在感に満ちていた。(写真)
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by amadeusjapan | 2007-04-24 09:14 | 建築

ある丹波の老人の話(19)



私の家には、“北向きのえびす様”という小さいえびす大黒の像がありました。

小さい板が12枚あって、願い事を叶えてもらうたんびに板を一枚ずつ供えることになっとりました。

父母が信仰しておりましたから、私も商売をやるようになってからは毎晩お灯明をあげて一生懸命に商売繁盛を祈り、それがうまくいったもんですから12枚の板を積み上げては下げ、また積み上げては下げ、それを何度も何度も繰り返したもんでした。

差し押さえの封印を解いてもらう話し合いでも、ちいともいじけずにテキパキやってそれが全部予想以上に成功したのも、この福の神さんが私に度胸をつけてくださったお陰やと思って、お礼の板を重ね重ねしたもんどした。

あの大阪の座摩神社にしても、あれほど入ろうにも入れなかった問屋の店へ3度目には勇敢に飛び込んで無理な取引を快く承知してもろうたんも、けっして私の力だけではなく、座摩神社やお稲荷様があんとき私に乗り移っておったとしか思えなかったんでした。


もともと私は下駄屋なんかやる気はなかったんですが、あんがい調子よく行ったので、すっかりおもしろくなり、松山落ちなどはとっくの昔に断念して一生懸命下駄屋をやりました。

そして養蚕期になると店を妻に任せて教師に行き、この頃は中上林の睦合や物部に勤め、その給料はふたたび大幅に家計の上に物を言ってきました。

そのうちに高木銀行支店が、五百円程度の融資はいつでもしてくれるようになり、下駄屋もだんだん充実してきました。

私が後年キリスト教に入り、聖書の

『それ有てる人はなほ興えられ、有てぬ人は有てるものをも取らるべし』(マルコ伝第四章二十四節)

を読むたびに、浮き沈みの多かった私の青年時代を回顧し、有たざりし時の締め木にかけられるような苦しみ、有つようになってからのトントン拍子などと思い合わせて万感無量なるもんがあります。
(第三話 貧乏物語終わり)
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by amadeusjapan | 2007-04-23 20:03

「ミニHAL」から遠くのがれて



♪バガテル op16

新宿のタワーレコードの9階まで昇るエレベーターのなかには右上方の一角に監視カメラが取り付けてある。

そいつは映画『2001年宇宙の旅』の主人公であるコンピューターターHAL(ご存知の通りIBMのひとつ手前のアルファベット)のように不気味な顔で乗客を睨んでいる。

それはもちろんタワーだけではない。街頭でも商業施設でも集合住宅でもわが国の都市のいたるところにミニHALが配置され、潜在犯罪者としてのわれわれを押し黙って監視し続けているのである。

私がはじめてキューブリクのこの映画を観たり、P.K.ディックの作品を読んでおもしろがっていた頃は、こんなけったくその悪い監視機械が、こんな極東の孤島に登場しようとは、夢にも思わなかったものである。

われわれは、まずそのアブノーマルさに対してもっと驚く必要があるのではないだろうか? 

わが国でいくら凶悪な犯罪が増加し、その結果、私やあなたが新宿のタワーレコードの四角い空間でよしや暴行傷害に被害に遭い、虐殺されようとも、私は公共空間をあらかじめ犯罪準備空間とみなす施設の管理者が私の顔や身体や不用意に露出しているかもしれない局部を勝手に撮影したり、録画したり、彼ら管理者や当局の視線にさらされることに対して断固反対する。

それは肖像権の侵害であり、市民の自由な活動に対する規制であり、誰によっても合法化されえないスパイ活動そのものである。

もしもわれわれがこのような認識に立つことができたなら、われわれはタワーレコードや由比ガ浜駐車場のシンドラー社製のエレベーターに入るや否や、すかさず目出し帽をかぶったり、尊顔にイスラム風のヴェールを掛けたり、あっかんべーをしてそっぽを向くべきではないだろうか?


ところで、このように本邦のみならず全世界で猛威をふるっているミニHALに対して、朝日新聞のロンドン特派員がまったく素敵なお知らせをもたらしてくれた。

交差点や商店街、駅構内など英国中の街角に設置されているCCTV犯罪監視カメラは420万台以上にのぼり、それらは地区の管理センターで24時間モニターされているそうだが、最近登場した最新型では係員が映像を見ながら、

「あなたの行為は犯罪です。直ちにやめなさい」「ゴミを捨ててはいけません」「この付近は飲酒禁止です」

などと突然の音声で警告を流すのだそうだ。

英国北部のミドルズブラ市で今年初めからこいつを導入したところ「反社会的行為」が昨対70%減少し、世論調査でも88%の市民が設置に肯定的!だという。

この結果に気をよくしたリード内相は、今後首都ロンドンはじめ全英20地区で取り付けるのだと意気込んでいるそうだが、誇り高い大英帝国の臣民がそこまで唯々諾々と公権力の介入を許すとはじつに不可解。黄昏の、あるいは断末魔のロンドンにふさわしい“そうとう不気味な”(中原中也)話ではないだろうか?

遠からずわが国でも、かの治安大好き都知事などが、あの下品な顔でうれしそうに舌なめずりしながら、このエキサイティングなホラーサスペンスの世界に身を乗り出してくるのだろう。

乱世にありて災厄に遭いてはまさに遭うべく、死するときにはむざと死すべし。
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by amadeusjapan | 2007-04-22 14:44 | エッセイ

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
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sukebass117..
by amadeusjapan at 11:47
コメント失礼します。 ..
by sukebass117 at 14:39
こんにちは。 私も汐留..
by desire_san at 23:10
santiargonさ..
by amadeusjapan at 14:18
明白な輪郭も色彩もなく、..
by santiargon at 13:54
santiargon さ..
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desire_sanさん..
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こんにちは。 私も六本..
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埴谷雄高の『自動律の不快..
by santiargon at 04:23
こんにちは。 私も六本..
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