晴風万里

<   2008年 02月 ( 29 )   > この月の画像一覧




2008年亡羊如月詩歌集



♪ある晴れた日に その22

雪深しわれは昭和の子供なり 

立春哉窓一面乃銀世界
 
ギョウザより大事な問題があると思いつつ中国製の餃子を喰らう

ぴらかんさ千両の順に食われけり

その日の午後西郷どんの首の如き橄欖樹の枝を斬った

生きておっても死んでおっても空の空なり

詩歌については論じるなかれ朝な夕なにただ詠めばいいのだ

如月も十日を過ぎて仕事なし

そこはかとなく薫り洩れ来し艶人の その衣擦れの音 溜息の歌

またひとひ無事生き長らえたり1億2600万分の1の小さき生を

25年お世話になりしステンレスの浴槽よさらばさらばと別れ行くかな

古いお風呂よさようならお払い箱になるんだねと耕君がいう

30年家族暖めし風呂なればこぼつは惜ししもったいなし

25年お世話になりし浴槽よさらばさらばと別れ行くかな

亡くなった父も母もムクも入りしこの湯船

白々と骨が残りしバスルーム美人モデルはスープとなりぬ

青山の3LDKの浴槽にトップモデルは骨だけ残せり

けふもまた何事も無く日が暮れた家族で囲む水炊きの湯気

家族3人で水炊きを食べるほど幸せなことはない

私には何がなんだか分からない確定申告できる人は偉大なり

まぎれもない獣の臭いが好きだった丘の上にて尾振りし汝(なれ)の

春風に吹かれて一声吠えるムク

丘に立ち一声吠えしうちのムク

如月も半ばを過ぎて仕事なし 

無残やな地べたに倒れし墓石ありげに凄まじき鬼の仕業よ

花もまた花の悩みがありぬべし静かに耐えてただ春を待つ 

1000本の時計を持てるちょい悪ジローラモその強欲をひそかに憎む

1000本の時計が自慢のちょい悪ジローラモわれは1本千円を愛す

小浜氏が勝ち栗を剥く冬の朝 

全山の緑を剥がしてことごとく墓に変えしは堤義明

いち早くその白き墓購いて父叔父葬りし我ら一族

堤氏が山を毀ちて築きたる墓に眠れる義父と叔父かも

梅千本ただ一輪が咲いており
 
全山鳴動梅一輪ひらく 

蝶々が舞うように歌いたりフィオレンツア・コソットの不可思議な「君が代」

老残のグレース・バンブレー出ぬ声で懸命にシャウトせり黒人霊歌

篤姫を見てもフルスイングを見てもすぐに涙出るこの安物の私の眼球

セサミンを飲んだか飲まぬか忘れてしまうこの安物の私の脳髄

大便の残り香さえも愛おしと思える者こそ家族というべし

できれば目白のように睦みあいたいものじゃ

私には何がなんだか分からない確定申告を一人でできる人は偉大なり

如月の果ての果てにて舞い降りし鶴の一声受けるうれしさ 
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-29 06:34 | 詩歌

自閉症を知る 第4回


♪バガテルop46

自閉症には3つの大きな特徴があり、その悲しい特徴はだいたい3歳までに現われます。
その3つの特徴とは、

1)人とうまく付き合えない。
2)人とうまくコミュニケーションがとれない。
3)奇妙なものに対してこだわりがある。

に大別されます。

最初1)の例としては、他人と目を合わせて会話すること、喜怒哀楽の感情を素直に表すこと、同じ年齢の人と集団で遊ぶ、自然に決まっているルールに従うことなどが苦手な場合が多いのです。自閉症児者は健常者に比べて想像力に乏しいので他人の気持ちを理解したり、KYことがとても難しいのです。

次のコミュニケーションもこれと似たことですが、言葉を覚えて使うこと、相手の発言を理解すること、適切な返事をすること、たとえ話を理解することなどが困難です。というのも自閉症児の大半は言葉の障碍があるからです。

3番目のこだわりの具体例としては、溝の穴など同じところをじっと見続けたり、決まった道や順序でないと行動できないとか、流れる水や扇風機や車輪などグルグル回るものに気をとられたりするケースが見受けられます

要するにいつもと違うことの出現に対して警戒したりパニくることが多いのです。


♪私には何がなんだか分からない確定申告を一人でできる人は偉大なり
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-28 08:49 | エッセイ

続々 自閉症とは何だろう



♪バガテルop45

前回述べたように自閉症の人は知恵遅れなど別の障碍をともなうケースも多く、また人によって現われ方が違っていたり、同じ人でも成長していくうちにその症状が変化したりします。

また自閉症のある特徴は顕著でも、別の特徴はあまり発現しない人もいて、同じ自閉症といってもその状態はまるで虹のように色彩が多様であり、色と色との境界線がはっきりしていないのです。

そこでそういった区別や境界をあまり厳密に区別せず幅広く自閉症総体としてとらえようという考え方がうまれ、そのときに「自閉症スペクトラム」というアバウトな概念と用語も生まれたのです。

たとえば知的な遅れが目立たない自閉症を「アスペルガー症候群」と呼んで、おおかたは知恵遅れを伴う本来の、狭義の自閉症と区別する考え方もあります。それというのもけっきょくは自閉症の本質が解明されず、漠然と脳の機能障碍であるとしかいえないところから来ているわけで、今後の研究次第ではいま自閉症とされている障碍がじつは別のものになってしまう可能性もなしとしないのです。

私は個人的には秀才型?自閉症の「アスペルガー症候群」は、お馴染みの古典的な「だめ自閉症」とはぜんぜん別種の違うものであろう、とひそかに考えていますが、これが正解か否かはそれこそ神のみぞ知るであります。


♪けふもまた何事も無く日が暮れた家族で囲む水炊きの湯気 亡羊
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-27 05:46 | エッセイ

続 自閉症とは何だろう



♪バガテルop44

1943年にアメリカのカナーという精神科医が11人の子供の特徴をまとめて世界ではじめてその障碍についての研究成果を発表しました。これが世界で初めての自閉症についての報告です。しかしカナー以降二十年ほどは自閉症は主に「情緒の障碍」「心の病気」として研究されていたので、その原因が母親の愛情不足や育て方の誤りが原因であるなどという俗説がまかりとおることも多かったのです。

前回にも述べたように「自閉」という言葉は統合失調症でも使用されるのでまぎらわしいのですが、この2つはまったく違うのです。またこのいずれもが親の育て方など心理的な要因で起こるわけではありません。研究が進むに連れて自閉症は家庭環境、不安・ストレスに起因する心の病ではなく、生まれながらの脳の機能障碍であることが分かってきたのです。

また日本自閉症協会では、自閉症はおよそ100人に1人くらいの割合で存在しているといっていますが、広い意味での自閉症(これを「自閉症スペクトラム」と呼んでいます。スペクトラムとは英語で連続体という意味です)を入れるとその割合はもっと多いのではないでしょうか。


♪亡くなった父もムクも入りしこの湯船 亡羊
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-26 08:09 | エッセイ

スピルバーグの「シンドラーのリスト」を観る



照る日曇る日第102回

激突、ジョーズ、未知との遭遇、1941、E.T、トワイライト・ゾーン、カラーパープル、太陽の帝国、インディジョーンズ、ミュンヘンと常に話題作を撮り続けてきた世界の人気監督の93年の作品である。

彼の本領はなんといってもインディジョーンズなどの問答無用の娯楽にあると思う私は、プラーベートベンジャミン、カラーパープル、太陽の帝国など、非常に生真面目であったり、人道的、政治的色彩が濃厚に漂う作品はあまり評価できない。

例えば「太陽の帝国」におけるゼロ戦大好き少年のあこがれのまなざしのいかがわしさを見よ。光り輝く太陽の彼方に権力の栄光を夢見る少年のひとみは、そのままけがれなき永遠の童心少年、スピルバーグのものでもある。

さて本作は第2次大戦中にチェコの実業家シンドラーがナチにうまく取り入ってなんと1100名のユダヤ人の命を救ったという美談を、スピルバーグが映画化したもの。実話だそうだが、じつに感動的な脚本である。

特に素晴らしいのはヤヌス・カミンスキーの白黒の撮影で、これほどの美しさが果たして必要だったのかという気すらする。常連ジョン・ウイリアムズの珍しく抑制した音楽もベテランの味を出している。これをアカデミー賞にしなくてなにがアメリカだ、ハリウッドだ、といわんばかりのああ威風堂々の完成度だ。

しかしそんな立派な偉大な人類愛の物語であり、もちろん感動もするのだが、スピルバーグならではのワクワクドキドキする映画的感興はそこにはない。

あるとすれば、モノクロ画面でゆいいつ赤く着色される少女の姿やシンドラーの愛人の奔放な性交シーンであろうが、主題が主題であるだけにそれ以上の逸脱やいかがわしさの発露が微塵もない。

ユダヤ人であるスピルバーグがどうしても撮りたかった映画であり、その価値と歴史的な意味は十二分に評価してうえでいうのだが、これは凡庸な映画である。ジョーズやジェラシックパークを本領とするスピルバーグのようなエンタの達人に、大真面目に力みかえった偉人伝なぞ似合うわけがない。それは最後の主人公の演説のシーンで「もっと金があればもっともっと人を救えたのに」と泣くシーンを見れば分かるだろう。

スピルバーグといえば最近中国政府がスーダンの大量虐殺に対して誠実に対応していないという理由で北京五輪の芸術アドバイザーを辞任したそうだが、彼もまたシンドラーのような正義の人を目指そうとするのだろうか。


♪25年お世話になりし浴槽よさらばさらばと別れ行くかな 亡羊
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-25 08:51 | 映画

自閉症とは何だろう



♪バガテルop43

自閉症が「病気」や「性格」ではなく生まれながらの「脳の障害」であることは、近年になって世間から少しずつ理解されてきたようです。30年前の神奈川県立こども医療センターのように、「親の育て方に原因がある「母原病」です!」と私たちの目の前で担当医が決め付けたり、砂糖の摂取に原因がある砂糖病であるなどという馬鹿げた診断をする医者はなくなりましたが、相変わらず「引きこもり」や統合失調症における「自閉」と誤解したりする人はあとを絶ちません。

まず自閉症は生まれついての先天的な障碍で、中枢神経系(つまり脳と脊髄ですね)のどこかの障碍が原因と考えられています。以下の3つが大事なポイントです。
1)自閉症は内気とか自閉的とか人間嫌いなどの「性格的」なものとは無関係です。
2)自閉症は病気ではなく、生まれつきの障碍です。
3)自閉症は人によってその現われ方に違いがあるので厄介です。

自閉症は風邪のように一時的な治療で治る病気ではなく、また親や周囲の愛情が不足してなるような「心の病気」でもありません。これはよくマスコミなども誤解しているようですね。多くの自閉症児者はまったく自閉的ではなく、むしろ外観は元気はつらつとしていることが多いのです。

しかし世間がそういう「根暗の閉じこもり人間」が自閉症であるというレッテルを貼るようになった原因のひとつは、この「自閉症」というネーミング自体にもあったようです。日本自閉症協会の機関紙名は現在は「いとしご」ですが、長い間「心を開く」という誤解を招きがちなタイトルでした。これでは自閉症が脳の障碍ではなくて精神や心の障碍であるとご本尊が宣言しているようなものですからね。

それはともかく自閉症の原因は、「中枢神経系(脳、脊髄)が生まれつきうまくはたらかないことにある」と学者の意見はようやく一致しました。しかしではその根本的な治療法は?というとそんな素晴らしいものはまだ世界中どこにも存在していません。
最近は脳や遺伝子研究が進んでいるので、その伸展に期待するほかなさそうです。


♪花もまた花の悩みがありぬべし静かに耐えてただ春を待つ 亡羊
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-24 09:45 | エッセイ

古くて暗いモノクロ映画を見る



照る日曇る日第102回

「陽のあたる場所」はセオドア・ドライサーの原作を51年にジョージ・スティブンスが映画化したもの。田舎育ちの青年がふとしたはずみで隣の女と関係し妊娠させるところから悲劇が始まる。そのまま地味な家庭を築けばよかったろうに、偶然ハイソサエティの美女と恋に落ちたことから青年の心と体は真っ二つに引き裂かれ、若い2人は今生の別れをつげることになる。
世間によくある話だが、身につまされる。「生も暗く、死もまた暗い」というマーラーの「大地の歌」のように暗い物語だが、その悲劇の主人公をモンティが悲壮に演じるので観客はいっそう暗い気持ちになってしまう。そうして彼がついに届かなかったA place in the Sunへの想いが胸を打つ。
純情可憐なヒロイン役を演じるエリザベス・テーラーはきれいでかわいい。後年の熟女の面影なんかみじんも感じさせない。しかしものの本によればこの映画はドライサーの「アメリカの悲劇」の皮相なパロディであり、ヒロインは軽薄で鼻持ちならないハイソの馬鹿娘として描かれているらしいが、私は原作を読んだことがないのでなんともいえない。

44年の英国映画「ガス灯」も負けずに暗い。殺人犯のシャルル・ボワイエの魔手に引っかかって結婚してしまったこれまた純情可憐なイングリッド・バーグマンが、悪い夫に徹底的にいじめられ、あわや心身喪失状態で病院送りになる寸前に正義の味方ジョセフ・コットンが登場してお姫様の危機を救ってくれるという典型的な勧善懲悪の1幕であるが、ここでもバーグマンが後年の堂々たる存在感とは無縁の輝かしい若さと官能美を見せる。

♪1000本の時計を持つ男ジローラモその強欲をひそかに憎む 亡羊
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-23 11:25 | 映画

萩原延壽著「陸奥宗光下巻」を読む



照る日曇る日第101回

陸奥宗光は明治10年の西南戦争の際土佐立志社系の一部が企てた政府転覆、要人暗殺計画に陰謀に加担したかどで逮捕され、禁獄5年の判決を受けて明治11年9月から15年12月まで山形と仙台で獄中生活を送ったが、その間独学の英語でベンサムの功利主義哲学にめざめ、それが彼の政治思想の転回点となった。

獄から解放された彼は伊藤博文、井上馨、渋沢栄一などの助力で欧米に留学し、英国の議会制民主主義につぶさに接するとともに、ウイーンに赴きオーストリアの公法学者シュタインの元でプロシア流の政治理論を体得し、政府専制と議会責任内閣制の双方について当時の世界最先端の政治思想に通暁する新帰朝者となった。本書はその大半のページをこの間の「思想家陸奥から政治家陸奥への変貌」に焦点を当て、その劇的な精神の転回を精細に追跡している。

余談ながら明治時代には多くの政治家や官僚、学者が欧米に留学している。大日本帝国憲法の制定にあたって伊藤博文に大きな影響を与えたオーストリアの公法学者シュタインのところにも、その伊藤をはじめ陸奥宗光、伊東巳代治、黒田清隆、松方正義、海江田信義など多くのエリートたちが教えを乞いに行っている。

彼らはそれぞれ通訳を連れて2、3週間続けてシュタイン家に日参して個人教授を受け、通訳と自分の2人でノートをとり、そのあとで1つに清書してから、今度はそれをシュタインに送って訂正してもらい、そんな風にして完全なノートが出来上がり、それが彼らの留学土産になったという。
私は萩原氏のその話を聞いてなるほど漱石の文学論もそのような形で中川芳太郎を通じて現在のような姿になったことを思い出した。もっとも漱石はその中川ノートを全面的に改稿したのだったが。

藩閥政府と自由民権派の両極で激しく分裂した陸奥は、その後中央政府の外務大臣として日清戦争を主導するが、日露、第1次大戦、太平洋戦争へと拡大していくわが国の朝鮮半島、中国、台湾への介入・進出はじつに明治27年の日清戦争から出発していることが本書を読めばよくわかる。

陸奥は首相の伊藤博文とコンビを組んで山縣有朋などの武断派を懸命に統御しようと試みるが、本心では大陸不介入派であったと思われる陸奥も、結局は軍部などの強硬派、国内に燎原の火のように燃え盛る愛国主義の嵐(それは漱石、子規をはじめ大多数の文学者、知識人をも飲み込んだ)、英、露、独、仏などの帝国主義列強の圧力に屈して、ついに「朝鮮の独立を保持するための」対清開戦に踏み切った。

幸か不幸かこの日清戦争の勝利が遼東半島の三国干渉を生み、その屈辱が列強の代理戦争としての日露戦争を生み、ひいてはあの大東亜戦争への泥沼の道を用意したのである。いかに当時の国内外情勢の渦中で陸奥が献身的な努力を傾注したとはいえ、(彼の涙ぐましい「蹇蹇録」を読まれよ)当時の陸奥が死生をともにした大日本帝国が、大国の圧力に強いられたという以上に、自らが列強の一員として積極的にアジアに覇を唱えようとしたことはまぎれもない事実である。

陸奥たちが東アジアに刻んだその最初のステップこそが、20世紀という戦争の時代のパンドラの箱を開けた。小さな侵略の成功と既得権の確保が、また次なる利権の獲得とその利権保持のための新たな戦争へと繋がっていく。かつて陸奥たちがつまずき、我々が60年前に破綻したのと同じ過ちを、現在アメリカがそのままイラクで繰り返している哀れな姿を見るにつけ、歴史は何度でも繰り返すという思いを新たにするのである。

萩原延壽の「陸奥宗光」を読むこと。それは私たちがあえて明治、大正、昭和を生き直すことであり、それを教訓として今を生きることでもある。


♪できれば目白の夫婦のように睦みあいたいものじゃ 亡羊
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-22 09:01 | 読書

愛犬ムク六周忌



♪ある晴れた日に その21

OH!アデュー 人語をはじめて口にして 
老犬ムクは いま身罷りぬ

ネンネグー 阿呆ムク 可愛ムク 処女のムク
盲目のムク いま昇天す

鎌倉の 山野を駆けし細き脚 
そのマシュマロの足裏を ぺろぺろ舐めおり

ここで跳べ! ザンブと飛び込む滑川 
ウオータードッグよ 輝きの夏

大蛇(くちなわ)を ガブリくわえて二度三度
振って廻して ぶん投げしムク

ヒキガエルの逆襲浴びし野良のムク
目の毒液をヒリヒリはがす 

十七年 一直線に駆け去りぬ 
今一度鳴け 野太きWANG!
  
「狂犬病の注射に出頭せられたし。佐々木ムク殿」と
鎌倉保健所は葉書を寄越せり

庭に眠るムクのからだの腹のあたり 
濃き紫のアサガオ咲きたり

崖下の庭の土なるムクの墓 
アオスジアゲハの雌雄乱舞す

まぎれもない獣の臭いが好きだった
丘の上にて尾振りし汝(なれ)の

春風に吹かれて一声吠えるムク

丘に立ち一声吠えしうちのムク 
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-21 09:37 | 詩歌

市川崑追悼の「細雪」を観る



照る日曇る日第100回

先日私の大好きなマイミクのぽんぽこはんが映画「細雪」について書いておられたので私も負けてへんでとぐあんばってDVDで見てみたんや。谷崎はんの原作もそら素晴らしいけど、さすがに市川崑はんの代表作に恥じへん代表的な日本映画どしたえ。

時は昭和13年。迫りくる戦争の足音とつかの間の幸せ。やがてはすべてが崩壊する桜の園の最後の宴、姉妹たちの窓際を流れゆく二度と帰らぬ美しい季節が、市川はんの円熟のメガフォンでその一時いっときを惜しむかのようにゆるやかに流れていくんですからもうたまりまへん。

ラストのへんで岸恵子はんが「今年はもう姉妹4人で京の桜を見れへんのやねえ」と呟かれたときには、さすがに非情で冷酷な鉄の心を持つ私も、我知らずさめざめと細雪のような涙を流しておりましてん。

思えば映画で泣いたんは今を去るおよそ10年前に「ローマの休日」がコンピューター補正された新装版を、確かまだ新橋にあったヘラルドさんの試写で見たとき以来やったなあ。あんときはヘップバーンはんが、記者会見で「イエス、ローマ」と答えられたその瞬間に、あたしゃぐわあと人目をはばからずに号泣してしもうてからに、もう恥ずかしゅうて恥ずかしゅうてたまらず、失礼ながらラスト・クレジットが終わるのをまたんと現場から新橋駅まで逃走しよりましたんや。しゃあけんど私にいわしてもらえば、あの映画のあのシーンで泣かないやつなんか人間ではあらしまへんで、ほんまの話。

肝心の「細雪」でっけど、女優さんがみなはんよろしおしたなあ。私は吉永はんの演技がいつも気になるんやけど、この映画の雪子はんでは役どころとマッチして彼女の大根ぶりがあんまり外に出ず、ほんまよろしゅうおしたなあ。

衣装も絢爛豪華で眼の保養になりましたが、あれは当時の大阪船場や芦屋のセレブのおべべにしては、なんぼ映画衣装とはいえちと色柄デザインが下卑すぎておりましたな。上方のふぁっちょんかるちゃあは、絶対もっと渋くて底が深いもんや。当節ならいざ知らず、谷崎わーるどの主人公たちが、あんなギンギンギラギラにどぎつい下品な着物を着ておったはずはありまへん。大阪弁だけやなしにコスチュームも谷崎夫人のご指導を仰いだらよかったんとちゃいますか。

それから音楽担当2人もおるくせに、使用音楽は英国ヘンデルはんのラルゴ、おんぶら・まい・ふだけちゅうのは一体どういう了見や。貧相な電子音楽やし、せめてオケの生使うとか、もうひとひねりできんかったんやろか。ともかくあれなら素人でもでけます。

それにしてもラストの箕面の紅葉と女優さんの顔のアップ、きれいどしたなあ。美しい日本の景色と美人はいったいどこに行ってしもたんやろか。5年前にたった一度銀座で見かけたような気がするけど、あれは夢まぼろしやったんやろか。

♪新橋のヘラルドエースの試写室でヘップヘップと悌きしわれかも
[PR]



by amadeusjapan | 2008-02-20 04:54 | 映画

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
プロフィールを見る
画像一覧

以前の記事

2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月

最新のコメント

sukebass117..
by amadeusjapan at 11:47
コメント失礼します。 ..
by sukebass117 at 14:39
こんにちは。 私も汐留..
by desire_san at 23:10
santiargonさ..
by amadeusjapan at 14:18
明白な輪郭も色彩もなく、..
by santiargon at 13:54
santiargon さ..
by amadeusjapan at 11:21
desire_sanさん..
by amadeusjapan at 11:19
こんにちは。 私も六本..
by desire_san at 06:39
埴谷雄高の『自動律の不快..
by santiargon at 04:23
こんにちは。 私も六本..
by desire_san at 13:23

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

ファン

ブログジャンル

画像一覧