晴風万里

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西暦2009年卯月茫洋歌日記



♪ある晴れた日に 第57回


鎌倉の花の都に遊びけり

我こそは森の王なるぞおろち桜

蝶と見えまた花と見え散る桜

テポドンを嚥下しけり春の海

鰤頭とろとろ煮られ花曇り

われもまた酔って全裸で叫んでみたし

桜咲く生きてしあればそれでよし

桜散る仕出かししことの後始末

懐かしきボヘミアの歌うたうフランツカフカ

           *

8時半に演説終えし候補者と隣り合わせの京急バスに乗る

見知らぬ人に満面の笑顔振舞われ路地に逃げ込む市議会選挙

酔っ払って裸になって叫ぶ人それを警察に突き出す人

君たちも一緒に裸で叫びなさいガタガタ騒ぐなアホ馬鹿マスコミ

おおアオバセセリよ お前にこんなところで出くわすとはまるで夢のようだ

口丹波由良川の水澄みわたり蚕の里をゆるゆる巡る

ついぞ知らずあわれ北条の陰謀に滅亡するとは

鳥歌い花は弾けて水緩み箱根全山笑いさざめく

懐かしき巡り合いかな地に伏して万事を捨ててなお眠る人

猫どもは恐れも知らず日溜まりに遊び戯れ眠り呆けたり

名も知らぬあまたの花が咲き乱れシュレーゲル蛙鳴く湿生花園

いちりんそう咲きにりんそう咲く花の園さんりんそう求めて池を巡りき

外輪山の雲間を裂きて薄日差しミズバショウの池蛙声さわがし

ひさかたの光のどけき花の園カタクリ散れどマメザクラ咲きたり

腰を折りマイクを振りて歌うなり息子のおはこ千の風に乗って

青池様のおかげをもちて訪れし箱根の森に広がる笑顔 

新宿直久のラーメン&餃子セット750円喰らいおれば黄昏る黄昏る俺っちの人生が

三十六の燃ゆる瞳に見つめられ二十の春にたちかえりけり

老ゆるともカラスはカラス鶴の声宇宙の彼方にさえざえと響く

あら懐かしや狭心症の胸騒ぎ4月8日4時30分

御馴染みの狭心症の胸騒ぎ4月8日の4時半に起こる

白人の男を屠ふり金髪の女を犯さんむとして発作に襲わる

父上と母上より賜りしわが心の臓激しく震う

わが狭き心の谷間の奥底でかの臓物はぶるぶる震え

かつてわが勤めし会社よ強欲の投資ファンドの玩具餌食となりたり

段葛降り積む桜の花びらをエアメールで送りしこともありき

「そりゃあ酷ですよ」緒方拳のドラマのセリフを唱える息子

鎌倉の台の峯を訪ぬれば緑の蛙慌てて逃げおり

フィリピン210円エクアドル350円台湾420円さあどれを買おうか3つのバナナ

春の日の桜が丘の小田急に両脚切られて泣き笑う男

黄セキレイ鳴く上空に飛来しミサイル捜索準備している大型哨戒ヘリコプター

軽やかな「乙女の祈り」に変りたり4月1日鎌倉市清掃車

君の言葉君の振舞い奇妙なれど天からの贈り物とて素直に受けむ

自閉症のわが子に優しき二人の女性いずれも拒食症を病みてけるかな

曲学阿世を断固粉砕怒れる老哲学者の叫びを聴け

着古したセーターが人間より長持ちする考えてみれば不思議だなあ

ヴェテランの運行指導にそっぽ向く新米女性バス運転手かな 


              *

親戚詩集  K兄


新宿駅西口のいちばん代々木に近いトイレから、下のボタンをはめながら出てくるK兄さんと出くわした。
「おお」、と「おお」、「久しぶり」と「お久しぶり」とが期せずしてぶつかった。

折しもラッシュアワーで大混雑する駅構内、
「いまちょうど紀伊国屋でね、君の本を買いに行ってきたんだ」
「あんなくだらない本をわざわざ奥沢から買いにいらしたとは。共著のうえに短い文がちょこっとだけ出ている本だから、お送りしなったんです。まことに申し訳ありませんでした」
と急いで詫びて、それ以上立ち話もできず、「じゃあ元気で」、「お元気で」と頭を下げたのが永の別れとなってしまった。

春ともなれば奥沢の川面を埋め尽くした桜花―
K兄さん、あなたは初めて上京した私に自由が丘一丘眺めのいい部屋を紹介してくださった。

K兄さん、誇り高き帝国の軍人よ。
一度ならず二度までも米国の駆逐艦に撃沈され、太平洋の波濤に投げ出され、そのつど奇跡的に友軍に救助された歴戦の勇士よ。

胸を張り、背筋を伸ばし、頬を紅潮させ、
「いくさに身を捧げしわが生涯に悔いなし」
と声を張り上げられた、在りし日のあなたの姿を私は忘れない。


み空よりあまたの豚ども天下り地球最後の日は近づけり 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-04-30 07:25 | 詩歌

「1年丸ごと夏目漱石」カレンダー



バガテルop96


今日で4月が終わる。4月が終わるととうぜん5月が来る。すると4月のカレンダーとは永久にお別れとなる。それが私にはすこうし寂しいのである。

2000年の1月にサラリーマンを辞めたので私の家ではカレンダーを手に入れるのに苦労することになった。会社員をやっていると取引先からかなりの数のカレンダーを頂ける。また当時勤めていた会社でも自社製のものを作っていたから、そんな苦労は知らずにすんだ。いわば選り取り見取りで好ましいデザインのものを自宅に持ち帰って数か所にかけていた。

ところがそういう既得権?を失ってしまうと、残るのは出入りのプロパンガス屋さんとか息子が通っている授産施設の特製?カレンダー(これは何枚も購買している)くらいしか当てがなくなり、トイレなどは失礼ながら鶴岡八幡宮の年間カレンダーで我慢することに相なってしまい、そうかこれまではずいぶんバブリーな暮らしをエンジョイしておったのだなあ、とある種の感慨を懐きつついたずらに長かった俸給生活を振り返ったことだった。

そうこうするうちにわが「茫洋亭」(陋屋のことです)のあちこちが風雨と経年変化で痛みはじめ、やむなく近所のリフォーム会社に改修工事をしてもらったのだが、そこの店長さんから去年の暮に「偉人の筆跡カレンダー」という大型の豪華版を頂戴したのである。

2008年版のそれは「美を創り、拓いた偉人」というテーマのもとに、1月千利休、2月マリー・アントワネット、3月ウイリアム・ブレーク、4月オディロン・ルドン、5月堀辰雄、8月伊藤若冲、9月ジョルジュ・サンド、11月国吉康雄、12月佐伯祐三等々の著名人が実際に書いた数字だけで当月のカレンダーが構成されているという代物で、わたくしの趣味にいたく叶ったのであった。 

そしてその翌年、つまり本年用に頂戴したのが、なんと「1年丸ごと夏目漱石」カレンダーであった。1年12枚の紙片はすべて別々の和洋の数字でデザインされており、上部の中央には漱石山房の原稿用紙やロンドン留学中に正岡子規に送った絵葉書などがさりげなく添えてある。いわば1年365日漱石と共に過ごそうという趣向がことのほか気に入って、曜日を確認するという本来の目的を離れて暇さえあればこのカランドリエに眺め入っているいつという次第。

聞くところによるとなんでもこの「偉人の筆跡カレンダー」シリーズは1988年の「世界の建築家・芸術家」編からはじまって翌年の「世界の音楽家」編、翌々年の「日本の文学者」編など通算22年の長い歴史を閲しており、毎年の全国カレンダー展で何度も栄えある金賞を獲得しているという。これまでいくつかの素敵なカレンダーに巡りあったが、個人的にはこのMホーム社のものがいちばん気に入っている。


♪フィリピン210円エクアドル350円台湾420円さあどれを買おうか3つのバナナ
茫洋
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by amadeusjapan | 2009-04-29 07:31 | エッセイ

西御門の「旧里見弴邸」を訪ねて




鎌倉ちょっと不思議な物語第176回&勝手に建築観光34回

鎌倉の西御門は幕府の西側の門があった場所ですが、かつてこの近辺には作家の江藤淳や外交官の加瀬俊一、そして白樺派の作家である里見弴などが住んでいました。加瀬邸は氏が最近亡くなられて間もないというのに跡形もなく取り壊されて別の安直な住宅になってしまいましたが、旧里見邸はいまなお「石川邸・西御門サローネ」として健在です。

里見弴は長兄が作家の有島武郎、次兄が画家の有島生馬で、この3人を3馬鹿トリオではなく団子三兄弟でもなく、なんと「有島芸術三兄弟」と呼びならわしております。

弴の恩師は作家の泉鏡花ですが、彼は恩師の文学世界とはあまり関係がなさそうな「善心悪心」、「多情佛心」、「極楽とんぼ」などの作品を書き、その業績はもてない男、小谷野敦氏の伝記などによって近年急速に再評価されています。

 永井龍男が随筆「里見さんの家」で書いているとおり、この建物は大正15年に作家がみずから設計しました。里見はまったく素人のくせに建築趣味があって当時完成したばかりのライトの帝国ホテルなどを熱心に研究したそうですが、この洋館のロビーや暖炉のある応接間やアールデコ風の装飾などになんとなくその影響が感じられます。

洋館の隣には彼が知り合いの大工に命じて造らせた仕事場兼茶室として使った茅葺の和室もありますが、これなら素人でもできそうです。しかし和と洋の良さを生かしきったこの快適な生活空間を建築のけの字も知らないアマチュアが設計してしまったとは驚きです。

里見弴は鎌倉のあちこちを激しく転居しています。最近取り壊されてじつにつまらない普通の家になってしまったかつての扇が谷の自邸とそのエントランスをなしていた見事な日本庭園も、いつまでもそこに居たいと感じさせる日本画のような情趣にあふれていました。

また彼は最近まで鎌倉にあり、現在では遠く長野県に移築された次兄有島生馬の住居、それから裏駅のいまスターバックスがある場所にあった漫画家横山隆一のアトリエと住居も設計したそうですが、その話を聞いた私は、横山隆一の「おとぎプロ」の入り口にあった大きな褐色のモニュメントを思い出しました。もしかするとあれも弴の作品だったのでしょうか。

♪8時半に演説終えし候補者と隣り合わせの京急バスに乗る 茫洋

♪見知らぬ人に満面の笑顔振舞われ路地に逃げ込む市議会選挙
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by amadeusjapan | 2009-04-28 07:28 | 鎌倉案内

ロッシーニのオペラ・ブッファ「新聞」を視聴する



♪音楽千夜一夜第65回


スタンダールによって「ナポレオンは死んだがロッシーニが誕生した」と称された音楽家のオペラ「新聞(ガゼッタ)」をビデオで堪能しました。

 05年7月10日にスペインのリセウ歌劇場でその管弦楽団・合唱団をマウリチオ・パルバチーニが指揮した公演のライブでしたがなかなか楽しめました。

 お話の筋はここに書いてもしようがないほどいい加減なもので、ともかくイタリアのお金持ちの男が自分の娘の夫にふさわしい人物を新聞広告で募ったところ、クエーカー教徒やイスラム教徒やトルコ人、アフリカ人など世界各地から希望者がおしかけ、すでに恋人がいた娘とでたらめな父親との間にさまざまな騒動が盛り上がるのですが、最後には例によって例のごとくお決まりのハッピーエンドに滑り込むという他愛がなくとも十分に楽しめるオペラ・ブッファの傑作です。

 歌手ではヒロインの娘リゼッタ役を歌って演じているスタイル抜群で超セクシーなティレツィア・フォルラがダントツにチャーミングで、恋人のフィリッポ役のピエトロ・スパーリョともども、さながら雌雄2羽の鳥が次第次第に壮絶に鳴き交わし合うようなロッシーニお得意のクレッシェンドでは、白熱の歌合戦を繰り広げて満場の拍手喝采を呼んでいます。

 指揮者もベテランの味をたっぷり出していますが、しかしそれ以上に賞賛すべきは、この公演の美術・衣装をも担当した(ノーベル文学賞受賞者でもあるという!)ダリオ・クオーの素晴らしい演出。美しく幻想的な色彩の氾濫はそれ自身が雄弁な音楽であるといっても過言ではないと思います。

♪蝶と見えまた花と見え散る桜 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-04-27 07:07 | 音楽

ポネル、ベーム、ウイーンフィルの「フィガロの結婚」を視聴する



♪音楽千夜一夜第64回

これまでモーツアルトのオペラの演出はポネル、指揮はベームと長きにわたって信じ込んでいましたが、レーザーディスクからDVDに音源を移そうと久しぶりに「フィガロの結婚」を勢い込んで視聴してみたところ、やはり演奏も演出もいささか古色蒼然としていて、かつてあれほど牢固として確立していたはずのおのれの信念がかすかに揺らぐのを覚え、少し落胆しないわけにはいきませんでした。

もちろん古いものは古いなりに良いのですが、続々と登場する新しい演奏、例えば食えない狸爺のアルノンクールや嫌味な突貫小僧ハーディングなどの演奏に接し続けていると「こいつ軽佻浮薄な奴め」と思いつつもいつしかこちらの耳が馴染んできます。そして、「汚染された」その耳で過去の名演奏を聴くと、その古めかしさが厭でも耳につくのです。

しかし改めて名匠ジャン・ピエール・ポネルの演出に注目してみると、このライブではなく映画版のそれでは伯爵と従者フィガロの階級対立がじつに先鋭に描かれていることに気付きます。そして伯爵夫人を痛めつける伯爵の暴力的な攻撃の凄まじいこと。フィッシャー・ディースカウにブン殴られたキリ・テ・カナワの表情は痛々しい限りですが、こういうところがポネル以降の新進気鋭の演出家にどんどん取り入れられるようになり、ついには伯爵への意趣返しにケルビーノと寝てこの美少年を後年の色魔ドン・ジョバンニに成長させる手引を行わせるという先進的?な演出までもたらすようになったのでしょう。

細かいところでは、第2幕冒頭のこの伯爵夫人の哀切極まりないアリアの箇所などでは声は聞こえても映像の彼女は歌わず幸福であった新婚時代の回想シーンが写し出されるのですがこれはいささか通俗的に過ぎますし、終幕の夜の森のシーンでヘルマン・プライのフィガロを追おうとしてさかんにカメラがパンしたり、ズームしたりするのも気になります。

しかしカール・ベーム翁とウイーンフィルの面々の懐かしい演奏に耳を傾けると、テンポはとてもゆったりしていて、スザンナ役のミレルラ・フレーニなどの歌手たちも美しい旋律を心ゆくまで歌いあげており、ちょっとした間奏曲や行進曲のひとくさりにしても、「やはりモーツアルトはこうでなければ」という思いがしみじみとこみ上げてきます。

モーツアルト以降のえぐいロマン派の音楽と違って、モーツアルトではわずか数小節の間に恋が生まれ、死に、また蘇ります。なんの不自然さも違和感も説明もなしに。モーツアルトにおいては瞬間毎に人の世の真実が書き換えられるのです。その新鮮さに接したときの驚きがモーツアルトを聴くよろこびなのでしょう。

いずれにしてもベームも、ポネルも、名コンマスのヘッツエルも冥界の人となってしまいました。ミレルラ・フレーニはいまだ健在のようですが、かつて英国で華やかに活躍したキリは、クラシック界を去ってもうずいぶんになります。最近はいったいどうしているのだろう。それにしても、歌手の盛りは長いようでやはり今年の桜のように短いな、と思いつつ深夜のブラウン管を切ったことでした。


♪「そりゃあ酷ですよ」緒方拳のドラマのセリフを唱える息子 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-04-26 09:32 | 音楽

60年代のメンズカジュアル



ふぁっちょん幻論 第49回

60年代のメンズ・カジュアルファッションといえばなんといってもジーンズでしょう。アメ横には米軍から放出された大量のジーンズが人気を集めていました。

1964年に「平凡パンチ」、66年には「週刊プレイボーイ」が創刊され、VANに代表されるアイビールックとJUNなどのコンチネンタルルックが覇を競い、TPOなる言葉が石津謙介氏によって流行語となりました。

60年代後半からはベトナム戦争が泥沼化し世界各地で反戦運動が起こります。パリの5月革命、日本の全共闘運動などを背景にカウンターカルチャーが全盛となり新しい思想文化、とりわけ先鋭的なモードが全世界で澎湃として巻き起こってきました。
例えば英国で起こった服飾の新潮流モッズはmodernの略ですが、50年代終わりのロンドンで誕生し、ビートルズなど時代の先端を行く若者や服装の代名詞となっただけでなく日本のGSにも大きな影響を与えました。

また米国原産のサイケデリックは、ヒッピーで流行したLSDによる幻覚を指し、これが現代アートに激烈に作用します。そして前記のモッズと後者のサイケがヒッピーファッションに大合流し、当時の若者の服飾の主流を形成するようになるのです。

67年に登場した新宿フーテン族、演劇では寺山修司「天井桟敷」、唐十郎の「状況劇場」などのアングラ、そして69年には新宿西口でフォークゲリラが激発します。広告の世界では「モーレツからビューティフルへ」「フィーリング」などという言葉が流行語となる頃、モードの古典的な規範は崩壊に近づきつつありました。モードの底が、いったん抜け落ち、擬制の自由とやらにみな酔った振りをしたのです。

長髪と反アイビーの西海岸ジーンズなどが、反体制のシンボルとして定着し、「アンチ・ファッションという名のファッション」が市民権を得たわけです。続いて西海岸に発生した数々のアウトドアルック、パンク、そしてさまざまなイタリアンカジュアル。80年代まで世界中で疾風怒涛のファッド旋風が吹き荒れます。私がベルボトムをはき、ヘレンカーチス第2液を買ってきてはじめてパーマをかけたのもこの頃でした。


♪8時半に演説終えし候補者と隣り合わせの京急バスに乗る 茫洋
♪見知らぬ人に満面の笑顔振舞われ路地に逃げ込む市議会選挙
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by amadeusjapan | 2009-04-25 10:20 | ファッション

猫と辞書



バガテルop94

箱根の湿生花園で2匹の野良猫がひなたぼっこしていました。
さて、その「猫」をちょっと辞典で引いてみましょう。

「広辞苑」(岩波書店)  
広くはネコ目(食肉類)ネコ科の哺乳類のうち小形のものの総称。体はしなやかで、鞘に引き込むことのできる爪。ざらざらした舌、鋭い感覚のひげ、足うらの肉球などが特徴。一般的には家畜の猫ろいう。エジプト時代から鼠害対策としてリビアネコ(ヨーロッパヤマネコ)を飼育、家畜化したとされ、当時神聖視された。現在では愛玩用。在来種の和ネコは奈良時代に中国から渡来したとされる。古称ねこま。

「大辞泉」(小学館)
「ね」は鳴き声の擬声、「こ」は親愛の気持ちを表す接尾語。食肉目ネコ科の哺乳類。体はしなやかで、足裏に肉球があり、爪を鞘に収めることができる。口のまわりや目の上に長いひげがあり、感覚器として重要。舌はとげ状の突起で覆われ、ざらつく。夜行性で、目に反射板状の構造をもち、光って見える。瞳孔は暗所で円形に開き、明所で細く狭くなる。単独で暮らす。家猫はネズミ駆除のためリビアヤマネコやヨーロッパヤマネコなどから馴化(じゅんか)されたもの。起源はエジプト王朝時代にさかのぼり、さまざまな品種がある。日本ネコは中国から渡来したといわれ、毛色により烏猫・虎猫・三毛猫・斑(ぶち)猫などという。ネコ科にはヤマネコ・トラ・ヒョウ・ライオン・チーターなども含まれる。

「大辞林」(三省堂)
食肉目ネコ科の哺乳類。体長 50cm内外。毛色は多様。指先にはしまい込むことのできるかぎ爪がある。足裏には肉球が発達し、音をたてずに歩く。夜行性で、瞳孔は円形から針状まで大きく変化する。本来は肉食性。舌は鋭い小突起でおおわれ、ザラザラしている。長いひげは感覚器官の一つ。ペルシャネコ・シャムネコ・ビルマネコなど品種が多い。古代エジプト以来神聖な動物とされる一方、魔性のものともされる。愛玩用・ネズミ駆除用として飼われる。古名、ねこま。


 なーるほど。だいたい似たりよったり、大同小異というところ。
しかしちょっと待て。私の大好きな大槻文彦さんのを読んでみてほしい。

「新訂大言海」(冨山房)
ねこまの下略。寝高麗の義などにて韓国渡来のものか。(中略)人家に畜う小さき獣、人の知るところなり。温従にして馴れやすくまたよく鼠を捕うれば畜う。形、虎に似て2尺に足らず。睡りを好み寒を畏る。毛色、白、黒、黄、駁等、種々なり。その瞳朝は円く、次第に縮みて正午は針のごとく、午後また次第にひろがりて、晩は再び玉のごとし。陰所にては常に円し。(後略)

 どうですか。これこそが辞書らしい辞書というものでしょう。「その瞳朝は円く、次第に縮みて正午は針のごとく、午後また次第にひろがりて、晩は再び玉のごとし」などという下りなど、猫という対象を、まるでセザンヌかゴッホのように真剣に見つめて1語1語を自分の言葉で書いている。観察が鋭く、それになによりも愛情がこもっているではありませんか。

これに比べると他の辞書など生きた人間ではなくまるでロボットが代筆しているような気がしませんか。しかも現在わが国で出版されているすべての国語辞書が規範にし参考にしたのがこの大槻文彦が明治24年に出版した「言海」(ことばのうみ)であると知れば、現代の国語辞典は過去1世紀余りの間にその表現方法においてもっとも大切なものを見失ってしまったと言わざるを得ません。

♪酔っ払って裸になって叫ぶ人それをわざわざ警察に突き出す人 茫洋
♪われもまた酔って全裸で叫んでみたし
♪君たちも一緒に裸で叫びなさいガタガタ騒ぐなアホ馬鹿マスコミ
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by amadeusjapan | 2009-04-24 09:54 | エッセイ

こんにちは、ベンジャミン



バガテルop94&鎌倉ちょっと不思議な物語第176回
 
雨上がりの午後、散歩でもしようかと玄関を出た私は思わぬ光景にびっくり仰天しました。鉢植えのスミレになんとアオバセセリが蜜を吸いにきているのです。

アオバセセリを漢字で書けば青羽挵蝶、学名choaspes benjamini。分布は青森県から八重山諸島。九州以北では年2回(5~6月、7~8月)の発生。飛び方は速く、雄は林間の空地などで長時間同じコースを飛ぶ。幼虫の食卓はアワブキ科のアワブキ、ヤマビワなど。越冬態は蛹。
などと図鑑に出ています。

この近所にはヤマビワはありませんが、アワブキならたしかどこかで見たことがあります。、燃やすと切り口から泡が出るというあの樹木の葉を食べながら育った幼虫が、この暖かさにうかうかと羽化してしまったのでしょうか。だからこんなに小さいのかしら。

私がこれまでにたった2度ほど見掛けたアオバセセリは開張45~50センチでかなり大型でしたが、これは30センチくらいの小型です。しかし、よくも私の家に迷い込んでくれたこと。同じ木を食草とするシミナガシやカアオアイを食べるギフチョウともどももう生きている間は二度とお目にかかることはないだろうと思っていただけに、私はほんとうにうれしくなりました。

最近は仕事に恵まれず、いろいろ行く末について思い悩むことが多く、毎日鬱々と朝比奈峠を猫背で歩いていた私は、これこそはさだめし天からのよき便りであろう、と久しぶりに痛む背中をますぐに伸ばして4月の青い空を仰いだことでした。

思えば今を去る01年の夏に、私はなんとなく、ほんとうに何心なくこんな俳句を詠んだことがありますが、今日はじめてアオバセセリの学名を知って、私は思わず、「ああ、僕は長い間きみに会いたかったんだ」と思ったことでした。

♪ベンジャミンてふ名の友を持ちたきこの夕べ 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-04-23 07:46 | 自然

既製服の台頭


 
ふぁっちょん幻論 第48回

昭和45年1970年ごろに米国からもたらされた、「人間工学に基づいたスーツの仕立て技術」。これがオーダーメイドを駆逐し既製服の時代を切りひらきました。

例えば故石津謙介氏が設立したVANのアイビールックは、米国式工業生産システムが生んだ胴をシェープしないボクシー(箱型)な直線的シルエットが特徴でした。そして当時はVAN、JUN、ACEなどの既製服ブランドが相次いでヤング世代のおしゃれ心をしっかりとつかみ、これが世代を超えた「注文服離れ」を惹き起こしたのです。

その一方では、前回にも述べたように欧州の洗練された高級既製服(プレタポルテスーツ)が日本に進出し、例えばピエール・カルダンのエッフェル塔のようなパゴットラインなる最新モードも登場。その他テッド・ラピドス、サンローラン、レノマなどのフランス製のメンズモードも躍進を遂げていました。

しかし昭和48年1973年の石油ショックがオーダーメイド業界にとどめを刺しました。その影響によって最盛期には10万人を数えたテーラー人口が、その4年後にはたった1万人に激減してしまったのです。

これをデータで見ると、わが国の1969年の既製服化率はおよそ45%でしたが、当時欧米のそれは95%の多きに達しており、日本のみならずメンズスーツのプレタポルテ化現象は全世界の先進国に及んでいたということが分かります。

ちなみに現在の大手服飾メーカーの生産仕様は、90年代に採用されたドイツ縫製メーカーの「M仕様」が主流であり、ここにも依然として欧米モデルに依拠するわが国メーカーのお得意パターンがひそかに生き延びていることが分かります。

♪かつてわが勤めし会社よ強欲の投資ファンドの餌食となりたり 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-04-22 09:12 | ファッション

ムーティ指揮スカラ座でヴェルディの「ファルスタッフ」を視聴する



♪音楽千夜一夜第63回

ジュゼッペ・ヴェルディの歌劇「ファルスタッフ」はシェークスピアの「ウゥンザーの陽気な女房たち」を原作にしたオペラです。

シェークスピア原作による彼のオペラはほかに「マクベス」と「オテロ」があってどれも傑作ですが、ヴェルディ最後の作品となったこの「ファルスタッフ」はそれらを凌駕するのみならず、私見では彼の最大の傑作だと思います。

そのことは処女作の1839年の「オベルト」から42年ノ「ナブッコ」、47年の「マクベス」、53年の「椿姫」、57年の「シモンボッカネグラ」、59年の「仮面舞踏会」、67年の「ドンカルロ」、71年の「アイーダ」、87年の「オテロ」、そして93年遺作となったこの「ファルスタッフ」と順番に聴き進めていくと誰の耳にも明らかになるのではないでしょうか。ヴェルディは88歳の生涯の80歳の年の最後の作品で彼の最高の作品を書いたのです。

「ファルスタッフ」は陽気で悪知恵が働き好色で酒と料理と金儲けには目がない太鼓腹のおいぼれ騎士です。なんでもこの騎士サー・ジョン・フォルスタッフの恋物語をシェークスピアはエリザベス1世のリクエストによって創作したともいわれているようですが、まことに愛すべきキャラクターではあります。

私が今回鑑賞したのは2001年4月にヴェルディの生誕地であるイタリア・ブセートのジュゼッペ・ヴェルディ劇場で行われたリッカルド・ムーティ指揮、スカラ座の公演のライヴビデオでしたが、題名役を演じるアンブロージョ・マエストリとマドンナ役であるフォード夫人アリーチェを歌うバルバラ・フリットリが好演。ムーティとスカラ座のオーケストラなら第三幕の大詰めなどもっと盛り上がるはずですが、まずまずのバックアップといえるでしょう。

かねてから世間の鼻つまみ者であるファルスタッフは、地元ウィンザーの奥方に勝手に横恋慕したところを、住民たちやかつての従者たちの陰謀にたわいなくひっかかって、よってたかって川に投げ込まれたり、真夜中の森で袋叩きにされるなど、じつに気の毒な目に遭ってしまうのですが、その途中の展開部ではシェークスピアの「真夏の夜の夢」やモーツアルトの「フィガロの結婚」を思わせる情景が繰り広げられ、喜劇的なセリフの周囲を草の蔓のようにぐるぐる巻きにすると音楽が完全に一体化して時折は無調に突入する瞬間すらあるのです。あくまでも真実を求める言葉と音楽が、そのもっともふさわしい関係に立とうとすれば、古典的な調性は破綻せざるをえない好個の例かと思われます。

オペラでは最後に「人間はみな愚か者」という陳腐なアリアを大合唱して幕が下りるのですが、シェークスピアの原作にはそんな道徳訓はこれっぽっちもありません。私が偏愛する坪内逍遙の訳では、フォード氏の次のようなセリフで非劇的な結末を迎えるのですが、これこそが本来の終わり方であったと思うのは私だけでしょうか。
「さうしませう。ジョンさん、でも、あなたは、ブルックへの約束だけはやッぱりお守りなすたんですよ。なぜなら、あの男は今夜フォードのおかみさんと寝ますよ」


♪自閉症のわが子に優しき二人の女性いずれも拒食症を病みてけるかな 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-04-21 07:37 | 音楽

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
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