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晴風万里

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西暦2009年茫洋皐月歌日記



♪ある晴れた日に 第58回


春夏秋冬人生宇宙循環す

サムライとおだてられしが異国で討ち死に

両足が伸びたるおたまを池に返す

今年また蛍光りしうれしさよ

春暗し男共皆縞縞背広

妻と子の鼾楽しも春の夜

左後ろ振りさけ見れば左肩根元に走るその痛さかな

いつのまにか遠い世界になりにけりエリック・ロメールの愛の昼下がり
 
よそながらマロニエの花咲きたり麗しきかなマロニエの花

栴檀の薄紫の花も咲きたり八幡参道二の鳥居の辺りに

岐れ道の病院の垣根に咲いている黄色い花の名前は何だろう

この頃は激減したときく雀らを見かけし朝は声をかけてやる

いろいろと死にたき理由はあるらめどこの朝ばかりは飛び込むなかれ

あんじぇらあきってなんじゃらほいあんたのおんがくよおわからん

ビーケーワン書店より鉄人28号に選ばれし恍惚と不安われにあり

ミスター・ロビンソンあなたもフライデーなしには生きられなかった

きらきらと輝く銀のうろこ見せ緑の森に消えし蛇

少女なれどすでに大人の憂いあり母を見上げる愛子さん

なにゆえに男どもみな着ておるのか電車にうごめく縞縞スーツ

男共皆縞縞背広通勤電車捕虜収容所の如し

革命の光は失せて二〇〇年いずこへ消えしや自由平等博愛

珍宝が小さきゆえに取りやめし高校時代の九州旅行

人類に喰われ続けしその恨みいま晴らさんと豚どもいきむ

人類に喰われ続けしその恨みいま晴らさんと鼻息荒し

善きことも悪しきこともみなつながれり豚から人へ人から人へ

太平洋の彼方から吹く豚の毒人への恨みいまこそ晴らさむ

戦争を構える理由は多々あれど止める理由はただ一つしかなし

てめえ死ねと豪速球で投げつけるチョーク当たりしはわが前歯なりき

連休の朝から楓を切っている隣の主婦を激しく憎む

青々と茂りし楓の木と枝を大刀洗川にそのまま捨てたり

朝比奈の峠の上の浦島草に小便掛けし憲法記念日

朝比奈の峠の上のウグイスが貯金貯金と鳴いていました

こんにちはと誰もが挨拶交わし合う朝比奈峠を行き来する人

虫は嫌いとおっしゃるけれど美枝子さんそれはアカタテハの幼虫ですよ

黄金の大判小判の隙間からまたしてもこぼれおちるほんたうの幸福


 ♪あじけなしバーンスタインのハイドンを聴く日曜日  茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-31 08:34 | 詩歌

葉山「日影茶屋」と新宿「大戸屋」のランチを比較して飲食業のサービスについて考える



バガテルop100

雨の金曜日、横須賀の素晴らしい歯医者さんで定期健診をして頂いてから葉山海岸沿いに建つ日影茶屋で遅めのランチをとりました。

ここはその昔伊藤野枝さんに恋人を奪われた神近市子さんが、恋に狂って大杉栄氏を刺した現場として有名ですが、当時は現在のような料亭ではなく、日本旅館として営業していたようです。
 
私が案内されたのは新館でしたが、大杉氏が刺されたのはその隣の旧館の2階だといいます。きっと恋びと同士がよろしくやっている最中にドスを呑んだ女一匹が殴り込みをかけたのでしょう。恋などと言うとなにやら優雅に聞こえますが、恋は気狂いと病気に紙一重ですから、すぐに刃傷沙汰になってしまうのです。くわばら、くわばら。

日影茶屋には眺めの良い庭があり、品のよさ気な女の店員が大勢いますが、全員きれいな着物をまとっています。ランセットはいちばん安いのが3千5、6百円くらいの弁当なので、「ルンペンプロレタリアートには少し高いなあ」と思いつつそれを頼みました。
さすがに有名なお店らしく冷たい茶碗蒸しなど結構なお味です。四点くらいの各種お惣菜をどんどんかたづけ、そろそろ食べ終わろうかという頃に、なぜかお椀が出ていないことに気付きました。

きれいなオベベをお召しになったお嬢さんに「お吸い物はついていないの」と尋ねるとさっと顔色を変えて「大変申し訳ございません。すぐにお持ちします」と答えてから調理場に飛んで行きました。ど忘れしていたのですね。上司の女将さんもすぐにやってきて丁重に詫びるのですが、とかく食い物の恨みは恐ろしい。「お前たちはいったいどういう仕事をしているのだ、サービスをどういうものだと心得ているのだ」とせっかくの料理の味はもはやけし飛んで「後味が悪い」というのはこういうことかと思いいたった次第でした。

そこで思い出したのは、新宿スバルビル内の「大戸屋」のランチのことでした。あちらの3千何00円に比べてこちらはたったの620円。味も格式も違います。しかしここ大戸屋では、少なくとも日影茶屋のように不愉快な目に遭ったことなぞ一度もありません。

レジに寄って最初にお金を払うと、レジの担当者が、「どこでもお好きなところにお座りください」と言います。それで空いている座席を探して勝手にどこかに座っていると、すぐさま店員が水を持ってきます。(席まで案内されることもありますが)
さらにしばらく待っていると、頼んだメニューをたがえずに店員が席まで持ってきます。
どんなに混んでいてもこのやり方に破綻がない。お客の顔と席とメニューをどのようにお互いに確認しているのか不可思議です。

さらに驚くべきことは、ランチが終わりに近づいたちょうどその頃に、別の店員がお茶を持ってくるのです。最近は水だけで済ます店が多いなか、これはちょっとうれしいサービスです。味はそりゃあ一流料亭のそれではありませんが、ここの調理の基本は「普通の家庭料理」なのでいわば希少価値があります。喫煙客が猛毒を流している居酒屋や普通のレストランよりも清潔でおいしい。とくに野菜が新鮮です。

以上長々と書きましたが、名門日影茶屋の、飲食の基本が欠落している豪華ランチと安近単の大戸屋のサービスと、いったいどちらが上かは言うまでもないでしょう。それにそもそも日影茶屋の仲居さんには、大戸屋の基本動作さえ実行できないでしょう。
いつでもおいしく感じがよく、「また来よう」と素直に思えるカジュアル店と、「こんなとこ2度と来てやるものか」と思ってしまう名門店と、その星の差はあまりにも大きいと言わざるを得ません。

♪グルメなどと偉そうにほざくなかれ当り前の料理を当たり前に出せ 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-30 09:59 | エッセイ

花咲地蔵と花咲爺



鎌倉ちょっと不思議な物語第185回

ここは大町の山から下りてきた一角で花を飾られた小さな地蔵尊があります。

鎌倉時代から室町中期まで、この谷に足利直冬が祖先の菩提を弔うために建立した慈恩寺がありました。その直冬の法号にちなんだ慈恩寺ですが、禅宗系の寺であるか否かはまだ識者の間で議論が続いているようですが、それはともかく、直冬が境内に四季折々の花々が絶えないようにしたためにこのあたりは現在も花ヶ谷と呼ばれています。

まことに風流なお寺もあったものです。ここは海浜にも近く、うっそうと茂った木々の間に7層の塔をのぞむ素晴らしい景観だったことでしょう。足利直冬は花咲爺でありました。

ところで直冬は足利尊氏の子ですが、側室の子であったために認知されず、僧になっていました。後に尊氏の弟、直義の養子になり、長門探題に任命されましたが、実父の尊氏と対立して挙兵し、その後は九州に逃れて南朝側の武将として室町幕府に抵抗し、嘉慶元年1387年に亡くなったと伝えられていますが詳細は詳らかではありません。

以上、おなじみの「鎌倉廃寺事典」と鎌倉ガイド協会の資料からの引用でお茶を濁しました。


春夏秋冬人生宇宙循環す 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-29 08:26

「大切岸」を望む



鎌倉ちょっと不思議な物語第184回

法性寺のすぐ近くには逗子側に屏風のように立ちはだかっている垂直に削られた崖があり、「おおきりぎし」と呼ばれています。この崖は鎌倉の覇権を確立した北条氏が三浦半島を拠点とする三浦市の侵入を防ぐ目的で築かれた防御施設であると伝えられています。

現在ではおよそ800mほどしか残っていませんが、北東部はわたしの住んでいるところから、西南方面は住吉城跡まで続いていたといわれています。切岸と平場は2から3段のひな壇状に造られているところもあります。

崖の高さは3から5mで場所によっては10mの絶壁を構えているところもあります。今は個人の所有地(畑)となりましたが、昔の面影は十分に残っています。また切岸上の尾根道は鎌倉城外郭防衛道で鎌倉入口守備隊への物資補給路であったとか浄妙寺に通じる道であったとかいろいろいわれているようです。

ただこの大切岸は本当に防衛遺構なのかというと、それを裏ずける資料はなにもありません。防衛遺構説以前は海蝕による崖岩が隆起したものと唱えられ、現在では石切り場の跡の可能性があるとも説かれ、要するになにがなにやらよく分からないという鎌倉ちょっと不思議な場所なのです。(鎌倉ガイド協会の資料から引用)

♪サムライとおだてられしが異国で討ち死に 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-28 06:26 | 鎌倉案内

法性寺を訪ねて

鎌倉ちょっと不思議な物語第183回

このお寺はじつは私の家から直線距離にすればそれほど遠くありません。鎌倉逗子ハイランドの坂道を下って、横須賀線の線路にぶつかった右側に馬頭観音があり、そこが入口になっているのです。ところがこの日は海側からではなく、山側の名越切通から尾根伝いに接近したものでから、すっかり土地勘が狂ってしまいました。

以下例によって鎌倉ガイド協会の資料をほぼ丸写しいたしましょう。猿畠山法性寺はなぜだか猿の字が冠されていますが、それは前にも触れましたように、文応元年1260年、松葉ヶ谷の法難の際に、日蓮さんが名越の尾根から尾根へと逃げられたのですが、そのとき山頂にある山王権現の使いとも言われている3匹の白猿が、上人をこの法性寺の祖師堂の横にある岩窟に案内したので、日蓮さんはしばらくこの岩屋で難を避けていたと伝えられています。そして現在その場所には朗慶作と伝えられる五輪塔が安置されているのです。

後日日蓮は、これも山王権現の加護のおかげであると言ってこの地に一寺を建立して恩に報いよと弟子の日朗に命じられ、その弟子の朗慶がこの法性寺の開基となりました。

ところで日朗は晩年東京の池上本門寺に隠棲していましたが、入寂の際に幼少の砌に遊んだ懐かしい猿畠山に戻りたいと遺言したので、朗慶の手で安国論寺で荼毘に付されたのち、法性寺の山頂の四面堂に納骨されました。

現在ではこの一帯に猿は見かけませんが、鎌倉時代にはたくさん棲息していたのでしょう。

♪左後ろ振りさけ見れば左肩根元に走る痛さかな 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-27 07:58 | 鎌倉案内

5万円パソコンの意義



茫洋広告戯評第4回

昨日と同じ新宿西口広場をどこかでフォーク集会でもやっていないかなとねぼけ眼で探していたら、台湾のパソコンメーカーの「パソコンは5万円で買う時代」という広告が目に入りました。やたらグリコにおまけをつけて10万、20万で売り出すのではなくて、メールやネットなど必要最小限の機能だけでグリコを安く買いましょう、という提案です。

アスース、エイサーなどがはずみをつけたこの格安ネットブックは米国のHPやデル、日本勢も追随するところとなり、ビックカメラなどの家電量販店のパソコン売り場の最前列に並んでいますが、こういう新参者の乱入を許したのはパソコンメーカーと米マイクロソフト社の多機能高付加価値製品を高価格で販売しようとする醜い商魂でしょう。

車も洋服も低価格中品質を求める消費者のニーズに懸命に対応しようとしているのに、彼らは「早い、安い、うまい」ならぬ、「遅い、高い、まずい」製品をあくまでも売りつけようとしていました。とりわけひどいのは米マイクロソフト社の現行OS、ビスタです。不要不急の機能をてんこもりにつけて、運用速度をめちゃめちゃに遅くしてしまい、それを消費者に対するサービスと考えているこの世界的大企業に対する反発が今回の格安ネットブックブームの根源に隠されているのではないでしょうか。

彼らはこの失敗を反省して新しい改訂版ソフトを年内に発売するそうですが、「大男総身に知恵が回りかね」とはよく言ったもの。ソニーのプレステが任天堂に苦杯をなめたように、とかく巨大化した企業は消費者のちょっとした心根をくみ取ることに失敗して逆、その存在理由をいつのまにか掘り崩してしまうことを深く自戒せねばなりません。


実際に5万円パソコンを使ってみるとこれが意外に使いづらく、これならもう少し割高でも多機能なノートが欲しいと思うはずで、現に市場はその方向に動きつつありますが、ともかく一寸先は真っ暗闇のビジネス戦線であります。

少女なれどすでに大人の憂いあり母を見上げる愛子さん 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-26 07:53 | エッセイ

ロバート・デ・ニーロと「レガシー」



茫洋広告戯評第3回

今日もまたくたびれ果てて新宿西口の交番を左折してまっすぐスバルビルに向かってよたよた歩いていると、これまたくたびれ果ててぐちゃぐちゃになった中年男の顔とぶつかりました。大きな柱を巻くようにして、だから柱巻といわれている電飾広告です。

 これはもしかして私の大好きなデニス・ホッパーかと思って近づいてよーく眺めたらロバート・デ・ニーロでした。富士重工のレガシーの新車のキャラクターとしてテレビCMや新聞、雑誌、ポスターなどに登場しているのです。

テレビCMはスタンリー・キュービリックの映画「シャイニング」の冒頭でジャック・ニコルソンが運転していたローキー山脈の断崖絶壁のシーンに似ていて、(もしかすると完全なパクリ?)そういえば同じレガシーが以前たしかメル・ギブソンを起用していた際にも、同工異曲のCMを製作していたことを思い出しました。

今回スバルではなんでも2名の有名監督を起用したそうで、この不景気にもめげず恐らくは大枚を投じて撮影されたと想像するのですが、前に述べた2つの演出に比べるとあきらかに劣りますし、それよりもこういう車にはこういうタレントを使ってこういう場所を走らせるのだ、という発想そのものが陳腐で、宣伝屋の浅知恵にはまるで進歩がないことを証明しているようでもあります。

自動車の世界もデトロイトが沈没し、国産勢もそのあおりを受ける中で、かろうじてトヨタとホンダのハイブリッド車だけが気を吐いている今日この頃、この会社のこの車のこの広告はとても現実離れしたドン・キホーテ的なもので、私はその「かつての栄光よもう一度」と黄昏の夕日に向かって寂しく呟く孤独な後ろ姿が大いに気に入りました。


♪両足が伸びたるおたまを池に返す 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-25 07:19 | エッセイ

ウエザーメスト指揮モーツアルトの「皇帝ティトゥスの慈悲」を視聴して

♪音楽千夜一夜第67回

モーツアルト最後のオペラである「皇帝ティトゥスの慈悲」を視聴しました。1791年12月5日にこの天才作曲家は35歳で亡くなりますが、その死の年の夏から秋冬にかけてまるで自分の死と競争するように同時進行で取り掛かっていたのがあの「魔笛」と「レクイエム」とこの作品でした。

あまりにも有名な2つの遺作に比べるとさほど高い評価を受けてこなかったこの作品ですが、05年6月チューリッヒ歌劇場管弦楽団、合唱団を率いてフランツ・ウエザーメストが指揮した公演のライヴ録画を視聴するかぎりでは、みじんも死の影を予感させない充実したモーツアルトの音楽を楽しむことができます。歌手ではセスト役のベセリーナ・カサロヴァとウィテリア役のエヴァ・メイが好演しています。

演出はジョナサン・ミラーですが、弟子のジュスマイヤーが師匠の死後に作ったと伝えられるレティタチーボをやめて全部をただのセリフにしてしまったために、逆にモ氏の音楽がそれ自体としてくっきりと際立つことになったのは思いがけない副産物でした。

さてモーツアルトは、演奏時間2時間強の二幕の全曲を、たった2か月、いや2週間で書き飛ばしたと言われているようですが、フィガロの序曲だってたった数時間で書いてしまった人ですから、速度と完成度は無関係。いたるところで素晴らしいアリアを耳にすることができるのです。

ところでモーツアルトは、なぜこの題材を彼の最後のオペラに選んだのでしょうか。

皇帝ティトゥスはあの有名なポンペイのヴェスヴィオス火山の大爆発や首都ローマの大火などの時期にわずか2年2ヶ月と20日間だけ在位し41歳で急死したローマ皇帝ですが、古来限りない慈悲に満ちた名君として喧伝されています。

スエトニウスの「ローマ皇帝伝」(岩波文庫)の第8巻を読むと、それまでは政敵を暗殺したりして尊大で横暴で放埓であったティトゥスは、父の跡を継いで皇位に昇るや突然善人に変身し、歴代皇帝中でも5指に入る人気者になってしまうのです。

ティトゥスはとかく問題のあった愛人を追放しただけでなく、市民の誰からも何一つ強奪しませんでしたし、金銭的にも清廉潔白でした。ある時、誰にも何も与えなかった日に、「諸君、私は1日を無駄にしてしまった」という世紀の名文句を吐きました。

政敵に対しては徹底的な宥和政策を貫き、統治権を狙った2人の貴族に対しても、皇位を狙った弟に対しても、「どうか私の愛情に報いたいという気持ちになってくれないか」と懇願して、寛容と忍耐と情愛の精神を終生貫き、それが、そのままこのオペラの主題になっています。

時には皇帝として復讐すべき時にも、「人をあやめるぐらいなら、むしろ自分が死にたい」と断言して敵対者を処罰しなかった奇跡の愛の人、ティトゥス。裏切った親友にも、暗殺を謀ったおろかな后妃にも死でのぞむどころか無罪放免してやった慈悲の人ティトゥス。彼こそは、モーツアルトの理想の人物だったに違いありません。

現実から手ひどい打撃を蒙りながら、それでも悪人を許そうとするティトゥスの沈痛なアリアに耳を傾けてみると、涙を流しながらペンを走らせている最晩年のモーツアルトの胸の内がなぜか分かるような気がするのです。

♪よそながらマロニエの花咲きたり麗しきかなマロニエの花 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-24 10:35 | 音楽

佐藤賢一著 小説フランス革命3「聖者の戦い」を読んで



照る日曇る日第258回

名もなきパリの民衆、とりわけ下町の女性や弁護士デムーランなどの大活躍でベルサイユの国王や王妃をパリに「奪還」したわけですが、貴族たちが国外に逃亡した後の三部会、いや国民議会は肝心の憲法を制定するどころか右派と左派、そしてバチカンの顔色をうかがいながら保身にきゅうきゅうとする聖職者たちの間で、フランス革命のイニシアチブをめぐって果てしなき混迷が続けられます。

さて本巻に登場するのは、これまでにもめざましい活躍をしてきた以下の面々です。

まずはライオン丸こと伯爵ミラボー。議場で獅子吼すれば泣く子も黙るこの陰謀家は、あろうことか革命の大義を裏切ってひそかにフランス王ルイ16世に急接近しようとするのです。この術数にたけたプロバンスの貴族は、なぜかヴェルディのオペラ「椿姫」に出てくるアルフレードの父ジェルモンを思い出させます。

さらにはオータンの司教にして議会の小澤的黒幕タレイランや国民衛兵隊司令官とパリ方面軍司令官を兼務してルイ16世の覚えもめでたいアメリカ帰りの白馬の騎士ラ・ファイエット将軍。こういう海千山千の政治家たちが議会の三頭派デュポール、ラメット、バルナーヴなどの頭越しに憲政を壟断しようと暗闇でうごめいています。

のちに恐るべき独裁者に成り上がるロベスピエールやマラー、デムーラン、快男子ダントンなどはまだまだひよっこのようなちっぽけな存在ですが、やがて彼らが次第に頭角を現して彼ら守旧派の親玉たちを歴史の表舞台から退場させるのです。

過去の名著のみならず英米仏など内外の最新フランス革命史を参照しながらこれらの個性的な革命家たちの群像をあざやかに屹立させる著者の手腕は見事なものです。そしてはねっかえりの革命児サン・ジュストがロベスピエールに接近していくところで全一〇巻シリーズの第三巻が幕を閉じるのですが、続く第四巻の登場がこの秋とはなんと待ち遠しいことでしょう。


♪革命の光は失せて二〇〇年いずこへ消えしや自由平等博愛 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-23 08:38 | 読書

いにしえの鎌倉砦「名越切通」を歩く



鎌倉ちょっと不思議な物語第182回

「名越切通」は鎌倉七切通のひとつで国の指定史跡となっています。この切通は鎌倉と三浦を結び、峠は鎌倉と逗子の市境になっています。

仁治元年一二四〇年、三代執権北条泰時の治世の際に私の近所の朝比奈切通の工事が行われたと吾妻鏡に記載されていることから推察するとおそらくこの頃にこの「名越切通」も整備されたのではないかと考えられます。

鎌倉から金沢六浦津(現在の横浜市金沢区)に向かう朝比奈切通も、この「名越切通も当時の姿をよく伝えていますが、朝比奈切通が当時の代表的な通商道路(銀座通り)であったとすれば、この「名越切通」は北条氏が最も恐れた三浦氏に対抗するために突貫工事で仕上げた軍事道路であったのではないでしょうか。

道は急峻で通行しにくく、しかもくねくねと折れ曲がり、三浦勢の攻撃と馬の進行を妨害するために巨大な岩石を埋め込んであります。峠の上からこの獣道を弓矢や岩や礫で攻撃されればそう簡単に鎌倉に攻め込むことなどできないでしょう。もっとも銀座通りの朝比奈切通にも大曲には砦になっている巨大なやぐらがあって眼下の敵ににらみをきかせていたことを忘れてはなりません。

なお「名越切通」は、現在では横須賀線と神奈川県道三一一号鎌倉葉山線がトンネル通過しており、交通路としては利用されていません。
(「鎌倉の寺」小事典、鎌倉ガイド協会資料を参考にしました)

♪今年また蛍光りしうれしさよ 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-05-22 08:20 | 鎌倉案内

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
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