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晴風万里

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西暦2009年文月茫洋歌日記



♪ある晴れた日に 第64回


政権の交代求め民動く世が変わるとはかくのごとし

理非にあらず曲直も問わず遮二無二人は旧きを倒す

かねてよりのわれの望みを叶えるはわれならぬリヴァイアサンの蜂起なりしか

神の手が至高の演奏を作るなりカラヤンごっこは今日も続く

嗜虐者なるかはた被虐者なるか弦打ち鳴らす黒髪の人

蝉時雨いっさんに走り抜けるぬける熱き心よ冷たき頭よ

いとやすく大いなる便をひりだして偉大な事業なし終えたるがごとし
 
幻の鰹を求め海に出る実朝が乗りしさすらいの宋船

もう二度と見ぬ海山空花こころゆくまで眺めたり 

わが眼裏になおもうるわし庄内平野白砂青松

逗子の海潜れば群れなす魚たちメビウスのごとわれも泳ぎき

昭和20年5月23日鎌倉十二所山林に初めて焼夷弾落つと吉野秀雄書く

みなそこのわがしんちゅうにたぎるものおんとえんぬぱんちーる

受けて落ち受けても落ちる学生にぐあんばれとしか言えぬ悔しさ虚しさ
 
手を振れば車より身乗り出し両手振り返したり神奈川4区長嶋一由

魚ならば溺れることもあるまいに海空陸の大レスキュー隊

西瓜ほどおいしい果物はないいずれは君にも分かるでしょう


世の中は明日待たるるその宝船

見よ汝が心中より露頭せしもの

六人の美女訪れし月夜かな 

月の下美人が戻るお盆かな
 
老舗滅び月下美人咲く夕べかな

青蛇や青縞光らせ草に消ゆ

処暑の夜わが陰嚢の冷たさよ

名も知らぬ蝉は鳴きたり鳥海山

油蝉交接終えて身罷る

逗子の海魚に混じりてわれも泳ぎき

古書市や芥川全集3500円で叩き売る

百合の薫りあまりにも強すぎる

けふもまたちゃんちゃらおかしくいきにけり


♪生涯ただ一度の大音響を発して極楽往生せしは慶日上人 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-31 16:27 | 詩歌

叫びと囁き 網野善彦著作集第14巻「中世史料学の課題」を読んで



照る日曇る日第286回


中世の人々にとって音声や楽器などの「音」はどんな意味を持っていたのでしょう。
まず著者は、寺や神社の梵鐘や鰐口は日常と聖なる世界を結びつける役割を果たしていたのではないかと指摘します。(本書「中世の音の世界」参照)

今でも私たちも鰐口を鳴らして頭を垂れてから、ご先祖に思いを致しているわけですが、勧進聖が寄付を集め、鋳物師に作らせた鐘や鰐口は、はじめから「聖なるもの」として位置づけられ、みだりに打ち鳴らすことが禁じられていたそうです。
梵鐘を造る儀式は荘厳に行なわれ、「吾妻鏡」には頼朝がその現場に立ち会うシーンが出てきます。(しかしその時はなかなか完成せず、業を煮やした頼朝は御所へ引き上げてしまったのですが)

このように聖なる場所や聖なる人物の周辺においては、法と秩序と権威を保つための「微音」が使われてきたと著者はいいます。たとえば天皇や上皇などの貴人は、囁くような小さな声で己の意思を伝え、そのメッセージは当初は脇の復唱者によって「高声」で伝達されましたが、我が国ではそのプロセス自体を次第に「文書化」するようになってしまった点がアフリカなどとは決定的に異なるのだそうです。

しかしいかなる場合にも「高声」はけしからぬこととされていたわけではなく、戦闘や強訴の際には許されていたようです。
たとえば中世の合戦では陣太鼓(攻め太鼓)を使っていました。しかし御家人たちも巨大な太鼓や銅鑼を打ち鳴らして攻めてきた蒙古軍には驚いたようです。おそらく中国大陸や朝鮮半島の楽器と当時のわが国のそれとはおなじ楽器でも相当異なる音響を発していたのではないでしょうか。たとえば韓国のサムルノリが鳴らす金管や打楽器は、私たちとは耳慣れない強烈なサウンドです。

けれどもこのような例外を除くと、中世人は心のままに高い声で発音したり、怒鳴ったりすることは「狼藉」とされ、これは現代においてもそうですが、殊に寺社仏閣では絶対的な静寂が厳しく要求されてきました。

ところがこのような「権力による音響管理」に断固として抗ったのが「高声」で歌うように、踊るように念仏を唱える親鸞や一遍、日蓮などの鎌倉仏教です。親鸞は和讃を節で歌わせ、時宗では踊躍歓喜という踊り念仏を躍らせましたが、著者はこれこそは宗教と一体になった芸能の原点であり、もしこの聖と俗、精神と肉体が一体化されたムーブメントが、朝廷や織田信長などの代々の権力者たちの弾圧を乗り越えて持続的に成長発展し続けていたなら、宗教と政治経済社会のみならず、我が国の芸能の歴史、歌謡と詩歌の歩みがこの時点で根本的に変異していただろう、とその秘められた可能性に着目しているようです。

いずれにせよ権力は囁きと静謐と秩序をひたすら好み、民衆は叫びと哄笑と歌とダンスを愛し、そのことを通じて神仏の世界、あの世とこの世を架橋しようと試みという関係は鎌倉時代から不変のものであったといえましょう。



      世の中は明日待たるるその宝船 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-30 09:59 | 読書

白砂青松



バガテルop111

明日は半世紀に一度、いやそれ以上というとっておきの楽しみがあるわけですが、今日は今日の楽しみを求めてまたもや由比が浜で泳いできました。今年17回目の海水浴です。

泳ぎながらまだ出羽三山の思い出に浸っています。いずれの山でも低地は松、その上は杉、さらにその上はブナの木が鬱蒼と茂っていて、高度と地相に合わせた植物が合目的的に生存していました。

驚いたのは庄内平野の日本海側にまだたっぷりと残されている松の大群落です。海岸線から数キロ内陸に入ってもそれはまだ美しくそびえている。白砂青松のおもかげをたたえて微笑している。その姿は感動的ですらありました。

酒田本間家などが防砂林として植林した過去の遺産の恩恵を500年後の私たちはかたじけなく享受しているということなのでしょうが、いつまでも後代に残しておきたい文化遺産だと思いました。


♪わが眼裏になおもうるわし庄内平野白砂青松 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-29 20:05 | エッセイ

出羽三山を訪ねて



バガテルop110

火曜日から木曜日までの3日間、蔵王・月山・鳥海山のツアー旅行に参加してきました。出羽三山プラス鳥海山の四山探訪というわけです。

第1日は東京駅を朝の8時8分に出るやまびこに乗って福島駅まで。そこからは観光バスに運ばれて蔵王の山頂に登って眼下に広がるエメラルドグリーンの「お釜」を覗き、蔵王山麓駅からロープウエイーで蔵王高原駅に行って夏山リフトに乗り換えたあと、観松平・いろは沼を山岳ガイドさんと散策して黒姫展望台から360度のパノラマを展望、またバスに乗って蔵王温泉で宿泊しました。
この温泉は酸度が高く疲労した体によく沁みとおりました。

2日目はお湯が流れる赤い巨岩が神体である湯殿山神社を訪ねたあと、急峻な坂道を猛烈なS字を描く月山高原ラインを懸命に走破して(主語はバス)月山に上り、阿弥陀ケ原湿原を山岳ガイドさんと散策したあと、今度は出羽三山のひとつである羽黒山に登り、開山から1400余年の歴史を誇る三山神社三神合祭殿に参拝し、そのあと日本海の海岸沿いの湯の浜温泉に宿泊し大きな蟹をまるごと一匹たいらげたのでした。きれいな海水がやわらかな砂浜に穏やかに打ちよせておりました。

最終日は酒田から北上して松島とならぶ九十九島・八十八潟の名所とうたわれた象潟を訪れ、松尾芭蕉の「象潟や雨に西施がねぶの花」ゆかりの地を見下ろし、一八〇四年の隆起なかりせばの思いを新たにしたことでした。その後バスは鳥海山の五合目まで登り、私たちは付近の白糸の滝を鑑賞したり、とおく岩木山の頂上を遠望したり、四囲の絶景を満喫し、最後に山形県内随一の高さ63mの玉簾の滝、安達太良山を見物して郡山駅にたどり着き、東京駅には夜一〇時、自宅には一一時半を過ぎて到着しました。

このコースは六月から運行していますが、三日間とも晴天に恵まれたのは今回がはじめてだそうですが、運よく好条件に巡り合うことができ感謝です。



♪もう二度と見ぬ海山空花こころゆくまで眺めたり 茫洋

♪名も知らぬ蝉は鳴きたり鳥海山
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by amadeusjapan | 2009-08-28 16:41 | 自然

ロベルト・アバド指揮の「エルミオーネ」を視聴する



♪音楽千夜一夜第78回


昨年の8月にイタリアのペーザロで開催されたロッシーニ・オペラフェスティバルで上演された「エルミオーネ」を衛星放送の収録で鑑賞しました。

演奏はロベルト・アバド指揮のボローニャ市立歌劇場管弦楽団、美女ぞろいのプラハ合唱団、演出がダニエレ・アバドという組み合わせです。
ダニエレはクラウディオ・アバドの息子、ロベルトは甥。道理で指揮者の顔はなんとなくおじさんに似ていますが、演出はまずまずの出来だとしても、指揮のアバドはおじさんほどの冴えはありませんでした。歌手の出来もまずまずでした。

この作品はラシーヌの戯曲「アンドロマック」にもとづいていますが、そのもとになっているのは皆様よくご存じのトロイ戦争の後日談。トロイの木馬の詭計で敗れたトロイアの英雄ヘクトルの妻アンドローマカ(マリアンナ・ピッツォラート)は息子とともにギリシアの英雄アキレウスの息子ピルロ(グレゴリー・カンディ)の奴隷にされています。

ところがピルロはメネラオスとヘレナとの間に生まれたエルミオーネ(ソニア・ガナッシ)という婚約者がありながら、この美しく気品のあるアンドローマカに恋してしまいます。嫉妬に狂ったエルミオーネは、彼女を慕ってギリシアから派遣されてきたアガメムノンの息子オレステ(アントニーノ・シラグーザ)をそそのかして、ついにピルロを殺すに至らしめるという、聴くも涙、語るも涙の愛の大矛盾大悲劇物語です。

なんせ台本の造作が劇的なので、これこそロッシーニ随一の傑作だとほめたたえる向きもあるようですが、音楽はいつもとおんなじパンパカパーンのロッシーニ節。ほんらい彼の音形は軽喜劇にもっともふさわしいスタイルなので、血まみれの短刀でぐさりとやるようなシーンには強烈なアンバランスを醸し出します。

ロッシーニ・クレッシェンドの劇的な高まりは、その基底部に毒のある哄笑を秘めていて、ギリシア悲劇の深刻な悲嘆とは絶対に調和しないのです。
イタリアの管弦楽団が例外なくそうであるように、ボローニャのオケも最初は寝ぼけています。しかしあおりにあおるアバドに乗せられて、次第にスパークするのですが、その頂点でオペラ自体が構造的に破綻するというきわめて貴重な瞬間を私たちは目撃することができるでしょう。



♪けふもまたちゃんちゃらおかしくいきにけり 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-24 22:21 | 音楽

アップダイク著「クーデタ」を読んで



照る日曇る日第285回


アラビアのロレンスがやったように、どこか遠いところ、たとえばアフリカのサハラ砂漠の近くの発展途上国の政治経済や社会をその国の心ある人たちとともに変革することは、冒険心豊かな先進国の男たちの野心をむやみと掻き立てるようです。

ロレンスの時代ならともかく、現代ではそれはなかなかむずかしい。しかし実際にそれができなくても、フィクションなら、小説の世界でなら、その疑似行為を夢想的に体験できるだろう。なぜなら、そもそも小説とはうそっぱちを描いて、それがあたかも真実であるかのように錯覚させる高等呪術だからである。

そう考えて、その国の独裁者にわが身をなぞらえ、アラーの大義にもとづく神聖政治を宣揚してアメリカ帝国主義やソビエト社会主義に伍して自主独立の王道を貧しい国民の先頭に立ったつもり、になったのが、この小説の著者でした。

クーデタを起こして大統領に就任した主人公のエレルー大佐は、リビアのカダフィ大佐、あるいはそれ以上に魅力的な人物です。国籍の異なる4人の夫人を持ち、ほとんどなにも産物がない不毛の砂漠地帯に棲息する人民の幸福と公共の福祉のために献身的に戦い、襲い来る未曾有の旱魃を防ごうと挺身します。

そのために自分を引き上げてくれた老国王の首をちょん斬ったり、官邸の大臣や護衛などに懸命にハッパをかけて彼なりの魔術的な手腕を駆使するのですが、それらの努力は結局はカフカ的状況の中でまったく報われず、大佐はすべての権力を失墜して第3夫人とともにパリに脱出するのです。やれやれ。

エレルー大佐が信奉するイスラム社会主義は裏切り者の側近が引き入れたアメリカ帝国主義の陰謀の前に屈服するので、この小説はアフリカ大陸を席巻するアメリカ帝国主義の黒い影を描いたものであるんであるんである、などとしたり顔で解説するインテリゲンチャンもいるようですが、別段そんなに大層なイデオロギー小説ではありません。


♪処暑の夜わが陰嚢の冷たさよ 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-23 20:28 | 読書

リヴァイアサンの蜂起



バガテルop109

きのう由比ガ浜の海で亡くなられた2人の若者に深く哀悼の意を表します。

今日その同じ海で、泳いできました。監視員が2段固めのシフトで厳重に警戒し、「膝の高さまでのところで泳いでください」と声をからして叫び、沖に出る人たちに対しては全力で駆けつけて注意していました。

海岸は遊泳注意になっていましたが、波はかなり高く、ゆっくり泳ぐことなどとうていできません。昨日は今日と同じような波でしたが、元気な4人の若者が、海岸からわずか15メートルのところで溺れてしまったのです。

この海岸は、逗子と違って浜から5メートル付近が少し深くなっており、それより先に進むと、沖の潮目の影響で日によっては左右に激しく流されてしまいます。
海の中を流れる川の勢いが水面下では激しいのです。昨日の若者も、岸に帰ろうとしてかえって沖に流されてしまったところを高波で覆われたのではないでしょうか。

私もちょうど彼らの年頃に千葉の館山海岸で調子に乗って沖に出過ぎて、いくら泳いでも岸に辿りつけなくなり、潮の流れ、海の勢いとはこんなものかと怖い思いをしたことがあります。

 海に潮流があるとすれば、陸にも激しい流れがあります。有権者が政治の流れを変えようとする強烈な力、もはや人知を超え、思惑を超え、想像を超えた特定の方向への奔流です。

この流れがどのようにして起こったのかをのちの人々はもっともらしく分析することでしょうが、そうした要素還元主義者のこざかしい屁理屈とは無関係にそれはたったいま滔々と流れています。

自公が敗北して民主が勝利するという表層の政治的変化ではなく、その深部でうごめいている激流に注目しましょう。私たちは理非曲直を超越して、政権交代という渦に飲まれ、上流から下流へと激しく流されているのです。

これが大衆の意思です。これが自然の脅威よりもある意味では恐ろしい時代を動かす民意というものであることを、私たちは身をもって体感していることを末永く記憶しておきましょう。


♪かねてよりのわれの望みを叶えるはわれならぬリヴァイアサンの蜂起なるか 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-22 19:19 | エッセイ

2つの美術館



バガテルop108


今日も午後から由比が浜へ行きましたら、赤旗が立って救助用のヘリコプターが2機ホバリングしています。きっと誰かが海で溺れたのでしょう。そのまま材木座へ行くと黄色い旗が風に靡いていましたが、結局青旗の逗子海岸で泳ぎました。

浜からすぐそばの浅瀬で大きなアジが2匹、3匹と見事な跳躍を連続で見せてくれます。あみがあれば晩御飯のおかずに掬ってやるのにと思ったことでした。

さて今日の本題です。美術館というところは展覧展示の中身も大事ですが、その施設を運営する体制やスタッフの心遣いもそれに劣らず重要です。

19日の水曜日に東京竹橋の国立近代美術館へ出かけて「ゴーギャン展」を楽しんだ話はすでにこのブログでも書きましたが、実はその帰りにちょっと不愉快なことがありました。使用したコインロッカーから100円玉が出てこなかったのです。次の客もこのような目に遭うと厭だろうと思い、たまたま会場の出口に投書コーナーがあったので、「展示内容は素晴らしかったが、100円玉を失ったことは残念だ」と一筆したため、何気なく電話番号を書いてポストに投函しておいたところ、なんとその翌日の午前中に同館統括のSさんという方から、「調査した結果貴殿の一〇〇円玉が機械の奥で発見された。大変申し訳ありませんでした」という電話があり、今日になってその金額相当の切手と次回の工芸館の招待券二枚が同封された丁重な詫び状を頂戴しました。(本当はたかが一〇〇円だし別に返ってこなくても良かったのですが、いかが致しましょうかと聞かれて同じ金額の切手にしてもらったのは当方のとっさの恥ずかしい思いつきでした。)

私がこういう目に遭ったのも、こういう素早いフォローに遭ったのも生まれて初めてのことなので、実はビックリなのですが、日本全国の美術館がこのように顧客本位の迅速かつ親切な対応をしてくれるとは限りません。いや例外中の例外なのではないでしょうか。

というのも数年前、私はこれとまったく逆の経験をしたことがあるからです。葉山に神奈川県立近代美術館の分館が誕生した直後に障ぐあいを持つ家族と一緒にそこを訪れた私たちは、係員からじつに不愉快極まる対応を受け、障ぐあい者の受け入れ態勢がなっていないのではないか、という趣旨の書簡を同館の館長宛に送ったのですが、待てど暮らせどなしのつぶてでした。おそらく館長の目にも触れなかったのではないでしょうか。

そういう無礼千万な公共施設も存在する中で、今回の国立近代美術館の措置はまことに気持ちがよく、晩夏の午後を吹き抜ける一陣の清風のように爽快そのものでありました。
おかしなもので、私たちはちょっとしたことでうれしくなったり、悲しくなったりするのです。


♪魚ならば溺れることもあるまいに海空陸の大レスキュー隊 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-21 19:51 | エッセイ

幻の魚



鎌倉ちょっと不思議な物語第203回

夏といえば海、海といえば由比ケ浜、由比ケ浜といえば鰹、鰹といえば徒然草と山口素堂でしょうか。

兼好法師は徒然草の第百十九段に「鎌倉の海に、鰹と言ふ魚は、かの境ひには、さうなきものにて、この比もてなすものなり」と書き始め、鎌倉の年寄りが、「この魚、己れら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。頭は、下部も食はず、切りて捨て侍りしものなり」と語ったことを証言し、その低級な大衆魚が「このごろ上さままで入り立つ」有様を例によって「世も末」と切って捨てています。

また江戸時代の俳人山口素堂は、この由比ケ浜にやってきて「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」と詠んだそうですが、御所見直好氏によれば、現在この海岸で獲れる八月の魚は、イシダイ、ボラ、カワハギ、メバル、カサゴ、タカノハダイ、ニザダイ、メジナ、コアジ、カマス、イセエビ、イカナゴ、シコなどであり、ソウダカツオの名はあってもカツオの名前は出てきません。彼の著書「鎌倉路」を調べてみても、春夏秋冬を通じてカツオは鎌倉の魚ではないようです。

しかし御所見直好氏が取材した当地の漁師の話では、戦争中はカツオ船が出ていたそうですが、戦後は絶えてしまったそうなので、もしかすると初夏に出漁すれば、文名高い鎌倉の鰹を一尾くらい釣り上げることができるかもしれませんね。


  ♪幻の鰹を求め海に出る実朝が乗りしさすらいの宋船 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-20 20:23 | 鎌倉案内

竹橋で「ゴーギャン展」を見る



照る日曇る日第284回


閉店間際で混みだす前に、と思って東京国立近代美術館で9月23日まで開催中の「ゴーギャン展」に行ってきました。出品は全部で53点とそれほど多くはないのですが、とにもかくにも彼の代表作の「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」を見んものと、いの一番に飛んで行きました。

普通の絵はあまりタイトルに凝りませんが、この作品の題名はなにやら哲学的で、ここに彼の実際の絵がなくても、私たちになにがしかの思弁を迫るものがあるといえるでしょう。

遠い母国フランスを離れてタヒチ島くんだりまでやってきた画家は、最後は南洋以外では暮らせない体となり、その近所のマルキーズ諸島で54歳の生涯を終えますが、衰弱する欧州生まれの肉体をじわじわと南洋土着の官能的な肉体と生活と宗教観に囲鐃されて、ここにある種グローバルな人生観と世界観が生まれ、その芸術的な総決算がこの一大絵巻ということなのでしょうか。

上手に描こうとか構図の遠近法をどうこうとか、もはやあらゆる技法や手練手管をぜんぶ放棄したところで成立したヘタウマ無手勝流の大勝利のように成立している奇跡的な作品です。

中央には創世記のイブに比すべき現地の若い女性が背伸びして果実を取ろうとするさまが描かれ、右辺には生まれたばかりの赤ん坊、左辺には死をまぢかに控えた老婆の姿が描かれていますから、これは私たち人間の一生とその間に私たちが経験する生の喜びや苦しみや悲しみを具象的に描いた作品ということはできそうです。

また老若男女の人間ばかりか、熱帯に生息するさまざまな動物や植物、そして背後に位置する海や空などの自然が、人間と同じ比重で、人間と隣り合わせの親しみ深さで描かれていますから、この絵を仏教でいう「山川草木悉皆成仏」という自然観を現したものだと解釈することも可能でしょう。

しかも画面の真ん中から左上にかけて仏像に酷似した月の神がまるで影の主人公のように人間自然界を静かに見守っておられるところから、この絵は、ゴーギャン流の「南洋極楽浄土図」であり「涅槃図」であり、万物が生々流転し、輪廻転生する古今不滅の真実を、洋の東西を超えて唱えているような気もします。

また注目すべきは、この画幅全体を覆っている青を基調とした静謐な空無感で、これが色即是空の世界を色濃く象徴しているのではないでしょうか。人物も動植物もいわば生死を超越した無常観をあるがままに素直に受け入れ、怒りも苦しみもないニルアドミラリの世界に悟入しているようです。
いずれにしても、私たちは空無から生まれ、本有、死有を経て中有に至り、また生有に至る存在ではないでしょうか。


なお今回の展覧会で逸することができない最高傑作は、まぎれもなく画家が最晩年の1903年に遺した「女性と白馬」でしょう。
彼が葬られた白い十字架の墓地の麓で白馬と共に歩み、踊る3人の男女とそのアルカイックなまどいの時間と空間を取り囲むヒヴァ=アオ島の穏やかな風景、とりわけ赤や緑や青の色彩の心に染み込むような散乱は、彼が生涯の最後の瞬間に到達したこの世界との調和、無残な生を生ききることの法悦の境地を、美しく、かぐわしく、懐かしく描いているように感じられます。

♪油蝉交接終えて身罷る 茫洋
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by amadeusjapan | 2009-08-19 19:05 | 芸術

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
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