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晴風万里

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西暦2010年如月茫洋花鳥風月歌日誌



ある晴れた日に 第71回


90爺マーチを駆って高速逆走

犬よりも猫に好かれる男かな

横須賀や戦争反対南無妙法蓮華経

横須賀やヤンキーも詣でる地蔵尊

ボロボロと歯が欠けてゆく2月かな

死んでしまえばすべて終わりだよ山本耀司
 
物言えば唇寒し民社党

がっつりと見つめ合いたり鷹と我

風穴に光入れたり縄文人

乳さらし光歩むや縄文の女

閉じた眼に何を思うや縄文の人

ミミズクの森に棲みしや縄文の民

深々と青空呑みおり縄文人

光避け思いに沈むや縄文哲学者

かにかくに生きてありしか縄文の民

一塊の土にひそみし命かな

眼口耳われらと違わぬかたちかな
あっけらかんと笑うていたり縄文の人

1万の時を隔てて笑いおる日本列島先住民

電池寿命測定器の寿命も電池が支えているんだ

冠詞がない日本語には骨思想がない

胸を張り空を仰ぎて立ちいたり乳房も陰部もさらけ出しつつ

曇天にヘリ低く飛びし朝年少の友独り逝きけり

我よりも若き人死ぬる日は身を清浄にして静かに慎む 

我よりも若き人死ぬる日よわが過ぎ越しの無様を恥ずる

就活のバカヤローが生み出している恐るべき国家的損失

げに歌舞伎こそわが国が世界に誇る最高の芸術

亡き義父の形見のラルフのスーツ着て出席したり卒業発表会

またしても買うてしもうたりグルダの平均律第2巻

ポネル死せりされどゼフィレッリ残れりわが懐かしきオペラ演出家

3位になっても4位になっても彼女の人生は続いていく

生きておればさらなる高みに登れたが足元の岩ぐらり崩れて 

おくつきにどなたがおわすかしらねどもそのうやうやしきにこうべはたるる

理想を求め孤然と歩み続けたり良沢良順凌雲昭

堕ちよ堕ちよ地獄の果てまで倫理なき小沢民主党

声はせず姿も見せぬ地底人ほんにお前ら屁以下だぜ

倫理なく自由も奪われ仕事せず哀れ沈みゆく小沢民主党

能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民

パレスチナの民族衣装を踏みにじるイスラエルの民の驕り昂ぶり

これぞ冥途の土産死に損ないアバドが死の音楽を歓喜の歌にすり替えたり

自分探しに疲れたら癒しを求めて優しい地球に元気をもらう卑しい人たち
 
真逆なので粛々仕分けなにげに弾け回収されるタメ口読み解くこれで良かったでしょうか老人語
 
冬の朝野の鳥も人も歌うべしこの世にあることの喜びと苦しみ



♪この冬もおたまを護らんわれ一人 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-28 12:35 | 詩歌

嫌な感じ



バガテルop123&茫洋広告戯評第10回&鎌倉ちょっと不思議な物語第210回


五輪には五輪書ほどの興味もないのですが、TVKと教育テレビ以外のどこのチャンネルも朝から晩まで狂った様にパン食ったとか晩食う婆とか絶叫しているのでほとほと嫌気がさして、本を読んだり音楽を聞いたり歯医者さんに通ったりしています。

新宿で地下鉄に乗ろうとしたら、目の前の広告ボードで篤姫が出るメトロの動画CMを上映していてうるさいのなんの。以前は紙製のポスターだったから嫌なら目を瞑れば良かったが、そいつが動画になって大音量で絶叫するのをリーマンたちが口を開いて驚いたように眺めている。これを狂気の沙汰といわずになんと呼べばいいのでしょうか。

帝都から省線で鎌倉駅に帰ってくると、構内では鳥の鳴き声の「録音」を大ボリュームで放送しています。これをやめれば線路の上で遊んでいるドバトの「ホウホウ」という囁きを聞くことができるというのに……。
JR東日本は、鳥の鳴き声を模倣すれば天国的な音楽が出来上がるというメシアンの白痴的アイデアを参考にしたのでしょうが、じつに嫌な世の中になったものです。


私が嫌いな日本語も増殖中です。

真逆
弾ける
なので
良かったでしょうか
タメ口
なにげに
粛々と
読み解く
仕分け
回収される
老人語
自分探し
地球に優しく
癒し
元気をもらう


♪真逆なので粛々仕分けなにげに弾け回収されるタメ口読み解くこれで良かったでしょうか老人語 茫洋

♪自分探しに疲れたら癒しを求めて優しい地球に元気をもらう卑しい人たち 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-27 11:19 | エッセイ

キーロフ劇場バレエ団のDVD「白鳥の湖」を見て


♪音楽千夜一夜第112回

キーロフ劇場は現在マリインスキー劇場のソ連時代の名前。スターリンに消された革命家にちなむネーミングらしいのですが、この劇場のバレエ団が白鳥の湖を踊ったDVDが500円で叩き売られていたので、すかさず視聴してみました。

冒頭から画面が揺らぎ原色の色彩があやしく点滅するなかを無数の白鳥がゆらゆら泳ぎ出てきていつのまにか幕が開いています。指揮はW.フェドトフ、管弦楽はサンクト・ペテルブルグ・アカデミカル・オーケストラといういかがわしいオケですが、これはたぶん現在かのゲルギエフ大先生率いるキーロフ劇場管弦楽団の前身のエキストラによる演奏なのでしょう。けれども白鳥が踊り、王子が踊り、オデット姫とデュエットしてもチャイコフスキーの音楽とはとうてい思えない無国籍音楽が鳴り響いています。

「白鳥の湖」はじつに不思議なバレエで、出し物によって長さや演出が異なり、CDで聞く音楽通りの公演などまずないので面喰うことが多いのですが、この時代も収録も不明の公演は、いちおうオウセンチックなプティパ=イワノフ版にのっとっていて主人公は幸せに昇天する演出のようです。

しかし全4幕の構成になってはいても、演奏時間は78分と短く、いたるところで物語が寸断され、なにがなんだか分からないうちに突然幕が降りてしまいます。出演者の名前も最後にロシア語でクレジットされているだけで翻訳がないので誰だか分かりませんが、いちばん迫力があったのは悪魔役の男性。フィギュアスケート男子シングルで優勝したエバン・ライサチエクそっくりの恐ろしげな面持ちと演技の大迫力が印象的でした。

♪能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-26 11:38 | 音楽

「吉村昭歴史小説集成」第七巻を読んで



照る日曇る日第328回


あの有名な「ターヘル・アナトミア」を翻訳した前野良沢を主人公とした「冬の鷹」、医師高松凌雲と松本良順の波乱に満ちたそれぞれの生涯を描いた「夜明けの雷鳴」、「暁の旅人」など、いずれも江戸時代の医学関係者を取り扱った評伝5本を集めたのが本巻です。

ドイツの医学書「ターヘル・アナトミア」のオランダ語訳をわが国で初めて翻訳し、「解体新書」として出版したのは杉田玄白とその門人大槻玄沢ということになっていますが、「冬の鷹」を読むと、それはほとんど誤りであることが分かります。オランダ語を解していたのは良沢だけで、彼が翻訳のほとんどを担当し、蘭語と蘭学に無知なあとの二人は、師匠格の良沢を物心両面にわたってバックアップしただけなのです。

しかし、もしも人当たりがよく時流を見極めるに敏な才子杉田玄白が、翻訳に際してあくまでも完璧を求め、偏屈で人間嫌いで孤高の独学者良沢をうまくプロデュースして原稿を版元に引き渡さなかったら、本邦初の医学実用書はついに世に出る事はなかったでしょう。

結局良沢は自分の名前を出さないことで「解体新書」の出版に同意しますが、そのことが2人の明暗を決定的にわかつことになります。良沢の功績を実質的に、いうなれば「独り占め」した玄白は、その後我が国の蘭学の泰斗として数多くの弟子、莫大な金銭そして輝かしい名誉に恵まれ、幸福な生涯を全うしたのに対し、性狷介な孤高のアルチザン良沢は、生涯にわたって貧困と孤独にさいなまれることになったのです。

わが国の尊王攘夷思想の元祖である高山彦九郎を愛し、最後まで庇護した良沢でしたが、彦九郎の自刃、息子達の早世に衝撃を受け、享和3年1803年、引き取られていた次女の嫁ぎ先で81歳で名声とも富とも無縁の生涯を終えます。

本書を読む私たちは、まさに蘭学の光と影、栄光と悲惨の鋭い対比を見せつけられるのですが、著者はなぜか人生の勝者玄白ではなく、ついにかなわぬ理想を追い求めながら敗れ去っていく良沢の「孤然とした生き方」につよい羨望を懐いているようです。

榎本武揚に従って五稜郭にわたり敵味方を分け隔てなく治療し、若き日に留学したパリの貧民病院の理想を後年になって実現した「夜明けの雷鳴」に登場する幕府の医師高松凌雲。同じく幕府の御用医師としての節操を貫いた「暁の旅人」の主人公松本良順――この2人に共通しているのも、前野良沢と同じ「孤然とした生き方」に他なりません。

そして人生最期の瞬間に、酸素マスクをみずからの手でひきちぎってこの世を辞した作者が実行してのけたのも、まさしくこの「孤然とした生き方」だったのです。

♪理想を求め孤然と歩み続けたり良沢良順凌雲昭 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-25 09:01 | 読書

映像狩りをするミクシィ、言葉狩りをする楽天



バガテルop122

このままにしておくと度忘れしてしまいそうなので、書いておきます。

つい先日のことですが、ミクシィ事務局から突然メールが舞い込んできました。「貴殿が掲載した写真がけしからんので削除した。以後注意するように」という無礼な内容です。
そのメールには当該の映像が公序良俗に反するなんたらかんたらと、このSNSが勝手に定めた「掟」がいくつか並べていましたが、削除された私の写真が、それらの禁止コードのどれに抵触したのか、いくら考えてもてんで思い浮かびません。

そもそも私はここ数年間というもの、毎日日記には3枚、フォトには4枚の写真をアップしてきましたから、およそ1万枚に達するそれらのなかのどれがイケテなかったのか、せめてヒントを与えてもらわないと当方としても今後どのように注意してよいのか皆目見当がつかないのです。

そこで私は、胸にふつふつと燃え盛る紅蓮の憤怒を押し殺して冷静を装い、もしかするとあれは去年の夏、出羽三山神社の境内で撮影したミイラの写真が「死体」と勘違いされて削除されたのではないかとまでこのくそ忙しい季節のさ中に想像をたくましくして、
「あれは実物ではなくて復刻された偽物だよ。だからおらっちも自信をもって掲載したんだよ」
と自己言及する懇切丁寧な解説文までつけて事務局に返信し、誠意ある回答を迫ったのですが、あれから2週間以上経ってもなしのつぶて。これっておおげさにいうと憲法が保障する表現の自由に対するいっぽう的な侵害ではないでしょうか。日頃お世話になっているミクシィ社への感謝と好意の念なぞ、それ以来ふっつり消えてなくなりました。

理解不能・対策不可能な理由で勝手に投稿映像を血祭りにあげているのがミクシィなら、同じく不条理な言葉狩りをしているブログが楽天です。

ここでは旧漢字や環境依存漢字の掲載に待ったをかけるだけではなくて「強姦」などのわいせつ?で社会の安寧秩序を震撼させそうな禍々しい言語?に取り締まりの網がビシビシかけられます。悪いのは強姦という行為であって、「強姦」という言葉ではないという社会人としての最低の教養すら、このブログの責任者には欠如しているのです。ユーザーが乱発する不穏な言葉を取り締まれば、明るく健康的な世の中が到来する。例えば「強姦」という言葉の使用を禁止すれば、世の中の強姦は跡を絶つ、などと信じているとすれば、彼らはそれこそとんでもなくおめでたい「楽天主義者」といわねばなりません。

まあそんな程度の低いメディアでも平気で利用するあんたが阿呆だといわれてしまえば確かにそうなのですが。

♪同じアホなら踊らにゃ損 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-24 09:07 | エッセイ

デニス・ラッセル・デービス指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団でハイドンの交響曲を聞く



♪音楽千夜一夜第111回

デニス・ラッセル・デービスは、なんと10年の歳月を費やしてカール・ミュンヒンガーが創立したシュトゥットガルト室内管弦楽団を指揮してハイドンの交響曲の全曲録音を果たしました。

これは昨2009年のハイドンイヤーにもっともふさわしいビッグイベントであり、全37枚のCDボックスがたったの5946円、1枚@わずか160円というお値段にもいたく感動して購入したのですが、どうにもこうにも残念無念な買いものでした。

デービスの演奏はECMレーベルに録音された近現代作品や最近のブルックナーではまずまずの成果を収めていましたが、交響曲の父の演奏を手掛けるには100年早すぎたようです。初期から中期の疾風怒涛時代の演奏があまりにも平凡でめりはりに欠け、いったいなにが面白くて演奏しているのかもわからない。まるで海底のナマコが猫じゃ猫じゃを踊っているような団子的無機的音響の連続に業を煮やして、後期のネームドシンフォニーを先に聞いてみましたが、主題の提示の明快さも、再現される主題の変奏の変化も、楽章ごとの緩急のつけかたも、テンポと音色の変化も切れ味が鈍く、すべてが格別の独創も企図もなくただただ凡庸かつ無感動に演奏されていくのです。

頭にきたので日頃愛聴しているドラティやアダム・フィッシャー指揮の全曲盤、さらにはヨッフムやセル、バーンスタイン、カラヤン、トレバー・ピノックなどとも聴き比べてみたのですが、これほどレベルの低い演奏と録音は皆無でした。強いてましな演奏を拾えば第105番とも呼ばれる協奏交響曲でしょうか。

解説によればトランペットとティンパニーだけが古楽器を使っているそうですが、その効果もまったく顕現していない。全曲をライブで録音したために聴衆の反応も分かるのですが、どの曲も拍手はまばらで(ブーイングこそ稀でしたが)、毎回きわめてうそ寒い空気が会場のメルセデス・ベンツセンターを冷え冷えと包みこむのが体感されます。

最新のデジタル録音の成果がそんなところで発揮されているとはデービス自身も予期しなかったことでしょう。ともかく「木戸銭を返してくれえ」と久しぶりに叫びたくなるような古典落語でした。仕方なく手元にあるボーザールトリオの9枚組でけたくそ悪く汚染された耳を懸命に洗い落としているところです。


♪またしても買うてしもうたりグルダの平均律第2巻 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-23 08:47 | 音楽

東国博で「国宝土偶展」を見る



茫洋物見遊山記第16回&♪ある晴れた日に第71回

これだけはなにがなんでも見ておかねば、と重い腰を振り起こして早朝の上野くんだりまででかけたら一面の雪でした。大英博物館から帰国したばかりの縄文時代の土偶たちがおよそ六〇点並んでいました。

縄文のスーパースターという惹句のもとに、ネコ顔、みみずく顔、仮面、ビーナス、ハート形などさまざまな名称を冠せられた土偶、つまり土くれでできた人形が陳列されていましたが、どれもこれも高さ30センチを越えないくらいの大きさでとても小ぶりなのです。
しかし縄文早期の前7000年から晩期の前1000年くらいに青森、秋田、岩手、長野、宮城、埼玉などで発掘された土偶たちの藝術的完成度はきわめて高く、技術的な素朴さがかえってその簡素で象徴的な造形美を鮮烈に打ち出していて、岡本太郎が感動し、ここに己の創造の原点を見出したのもむべなるかなといえましょう。

これらの土偶は、多産・豊饒・再生の象徴として宗教的な儀式などに用いられたと考えているようですが、そんな学問的考察よりも子供を抱いたり背負ったりする土偶、しゃがんでいる土偶、手を合わせて合掌している土偶、すっくと誇りかに立つ土偶たちを眺めていると、1万年の遠い遥かな時空を瞬時に無化して、彼らと私たちが、「おなじ喜怒哀楽をともにしている存在」のように感じられるのはなぜでしょうか。もしかするとこの列島先住民と私たちには同じ血が流れているのかもしれません。

しかし宮城県蔵王町で発掘されたゴーグルをつけたような遮光器土偶だけは、それとは異質な文化の匂いを感じます。私見ではこれは中国四川省広漢市の三星堆遺跡で発見された同種の巨大な土偶(数年前に世田谷美術館で公開された)の影響を受けており、もしかすると紀元前2000年頃の三星堆文明の余波が東漸して、縄文前期の前1000~400年頃に日本列島に及んだ証拠ではないでしょうか。


眼口耳われらと違わぬかたちかな 茫洋
風穴に光入れたり縄文人
あっけらかんと笑うていたり縄文の人
1万の時を隔てて笑いおる日本列島先住民
乳さらし光歩むや縄文の女
胸を張り空を仰ぎて立ちいたり乳房も陰部もさらけ出しつつ
閉じた眼に何を思うや縄文の人
ミミズクの森に棲みしや縄文の民
深々と青空呑みおり縄文人
光避け思いに沈むや縄文哲学者
かにかくに生きてありしか縄文の民
一塊の土にひそみし命かな
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by amadeusjapan | 2010-02-22 10:37 | 芸術

大江健三郎著「水死」を読んで



照る日曇る日第327回

久しぶりにノーベル賞作家の最新作を読みましたら、これが案に相違してとても面白く読み応えがあったのでびっくりしました。

はじめは例によって下世話な私小説風なので、やれやれまたですかとあくびなどをしていたのですが、次第に作者の巧みなストーリーテリングと推理小説のように緻密に考え抜かれた重層的なプロットの罠にはまり、終盤の息が詰まるような展開と思いがけないラストに大きな衝撃を受け、ああこれが小説を読む醍醐味なのだ、という深いカタルシスを味わうことができました。

この小説は3つの位相が組み合わさって構築されています。

まずいちばん下の平面では、迫りくる老いを迎えて急速に衰える体力と突然の眩暈、加えて妻の病気や障碍を持つ息子との軋轢、人気の下落と経済的不如意など、われらが主人公を襲う暗い日常がまずはドラマの下ごしらえとして描かれています。

その上のプレートには、父の水死体が乗せられています。彼が取り組もうとする作家としての最後の仕事は、60年前に郷里松山の洪水の川にあえて短艇を乗り入れて50歳で死んだ父にまつわる「水死小説」を書くことなのですが、その願いは彼が郷里で当てにしていた資料が見つからず放棄する羽目に陥ってしまいます。
しかしそれは見かけだけのこと、それを含めてあれやこれやの一連の顛末を縷々つづったこの小説全体が「水死小説」であり、つまりはこれが小説の最上部を形成するプレートなのです。

やがて「水死小説」をあきらめた主人公の前に、若い男女の演劇集団が現れ、彼の参画を得て彼の旧作や彼の父の水死事件、彼の郷里の民衆蜂起事件をテーマにした新作を上演しようとするのですが、この若い世代の運動に随伴することが彼を過去の自分に直面させ、彼を再び政治的人間、性的人間へと急接近させ、現代の政治的・性的カタストロフィーの最先端部分にみずからを突き出す推力となるのです。

そして驚いたことに、主人公の「戦後民主主義の旗手」という仮面の下には、牢固とした国家主義者の顔容が潜み、さらにその表皮をべろりとはぐれば、森と川の精霊、聖なる土地のゲニウス・ロキ、先祖代々の霊たちに守られ、かの大いなる黄金の枝にまたがったひとりの無垢な少年の姿があったのでした。

土と血に根差した父のモラリストとしての処世を知り、その血族の一員であることをついに理会した主人公は、その来歴をつぶさに綴ることによって、彼の作家的生命を賦活させるに至ります。老残の肉体に降り注いだ深紅の血潮が、さながら三島の浪漫的な精神が降臨したように、いまにも滅び去ろうとしていた大江の実存をよみがえらせるのです。王が新たな王によって殺され、王国の不滅の伝統が維持されるように――。

藝術は人生を救う、とはまさにこのことではないでしょうか。大江のケンチャン、さすがにあなたは当代一の作家です。


♪遅れてきた老人がついに書きたり最高傑作 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-21 09:21 | 読書

正岡子規と横須賀 横須賀ところどころ第11回



茫洋物見遊山記第15回


海に沈んだ軍艦の記念碑の傍らにおかれていたのは、どういうわけか正岡子規の句碑でした。

横須賀やただ帆檣の冬木立

明治二一年の八月、21歳の正岡子規は、友人とともに浦賀に上陸し、横須賀・逗子・鎌倉に遊び、この句を詠んだとされています。それは彼が生まれてはじめて喀血し、親友夏目漱石と知り合う前年のことでした。

帆檣は「はんしょう」と呼んで帆柱の意。横須賀に来てみればたくさんの軍艦が一杯でその帆柱がまるで冬木立のようだったよ、という意味でしょうが、現地に立ったのは真夏なのにどうして季語が冬なのかすこし理解に苦しむところです。夏なのに冬木立を連想したのか、それともこれは彼が創案した写生句ではなく、頭の中でこさえた観念の句なのかと判断にまようところです。

それにしても当時21歳の青年が、「帆檣」などという漢字をさらりと使っているのには驚きます。いまでは70歳の老人ですら読み下せないのではないでしょうか。漱石の英語といい、子規の漢文といい、明治のインテリゲンチャンの学力には脱帽のほかありません。


いまは夏どころか厳寒の2月。人気のない公園を、「戦争反対」と書いた黄色いたすきを掛けた2人の日蓮宗のお坊さんが、湾内に停泊する2艘の潜水艦と4隻の駆逐艦に向かって太鼓をやけくそのように叩きながら行進していました。

♪横須賀や戦争反対南無妙法蓮華経 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-20 15:19 | エッセイ

帝国海軍の夢の跡 横須賀ところどころ第10回



茫洋物見遊山記第14回

横須賀は旧帝国海軍ゆかりの軍港で、港の公園の一郭には大戦で海没した軍人の慰霊塔や軍艦山城、長門、沖島などの鎮魂碑が、訪れる人もなく建ち並んでいます。

巨大な舟形をした大理石に刻まれた「国威顕彰」のスローガンを眺めていると、身も心も冷たくなってきたので、その場を立ち去ろうとしましたら、

原始海は生命の故郷であった
その海に果て、その海に眠る
戦友たちの御霊やすかれといのちながらえしものあい集い
再びいくさあらすなとねがうものなり

と書かれたひとつの墓碑銘が目に留まりました。

そのあとに続けて

浮雲一片流北辰
何人不起望郷情
有時霊魂亦環家
夜半南星漂蒼海

という七言絶句も書かれていました。井伏鱒二風に、

北極星に雲がかかれば
みんな故郷に帰りたい
いつかは君もお家に帰る
青い海からお星さまになって

といういい加減なほんやくで、いかがなものでしょうか。


♪冠詞がない日本語には骨がない 茫洋
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by amadeusjapan | 2010-02-19 11:40 | エッセイ

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
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