晴風万里

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「なにゆえに」~ある晴れた日に第189回



西暦2013年師走蝶人花鳥風月狂歌三昧



なにゆえに女性が自動車を運転できないのかサウジアラビアは面妖な国

なにゆえに飛び下りたのか いやもう一つの山へ飛ぼうとしたのだ新宿の女よ

なにゆえに少女の歌を聴いて涙が出るの「歌の橋」を過ぎた邊りで

なにゆえに草ばかり食う牛や鴨が見事な肉となりおおせるのか

なにゆえに遠くをみれば昔を思い出すのだろう視覚と記憶の遠いつながり

なにゆえにペールギュント組曲をペール/ギュント組曲と発音するのかアナウンサーよ

なにゆえに日本のおむつを買い占めるその前にまずPM2.5垂れ流しをやめよ

なにゆえに学歴や出身地を晒すのかフェイスブックは履歴書ではない

なにゆえに都民は嘘つき知事をリコールしようとしないのかとても不思議だ

なにゆえに君五千回瞬きしや恐らくは五輪知事を辞めさせるため

なにゆえにビルマと呼ばずヤンマーと呼ぶのか軍事政権が勝手に名付けしその国名

なにゆえに愛国心を押しつけるのかそれは権力者の精神的「テロ」

なにゆえに天子は靖国に詣ぜぬかその心根を推し量れ臣下

なにゆえに君の掌は多くの患者を癒すのか私の奥歯もおばさんの足も

なにゆえに最初の文をつけたままメールを返送するのだろう失礼じゃないか

なにゆえに体罰許して純真な生徒を死なせしや体罰容認する大阪の人よ

なにゆえに黄色い蝶に心が騒ぐのだろうわが小幸のエンドルフィンよ

なにゆえに今日は1本も電話が無いの40本かけてくる日もあるのに

なにゆえに君はオギャアと泣かなかったのか いや泣けなかったのだ小町の針谷産婦人科

なにゆえに20日を過ぎれば翌月のカレンダーに変えるのか生き急ぐなうちの耕君

なにゆえに君は友達の飲み残しのジュースを勝手に呑んでしまうのか情けないぞ悲しいぞ

なにゆえに毎晩40ワットの電球を枕元に置いて眠るのうちの耕君

なにゆえに脳しょうぐあいの君だけにピアノが弾けるのとても不思議だ

なにゆえにひとの食器をどんどん下げてしまうのか君の食事も終わっていないのに

なにゆえに君は洗濯物を全部手洗いしてしまうのかどうせ洗濯機が洗うのに

なにゆえに朝4時半に電話してくるのか障がいホームでネンネグーしてなよ

なにゆえに一品ずつ片づけてゆくのか耕君はいつでも仏蘭西料理の食べ方

なにゆえに百円玉を製造年ごとに並べて喜んでいるのかうちの耕君

上から2冊目を取る知恵もなく黒木メイサの週刊誌を嬉しそうに買ってくる耕君

純粋で無垢で善良でちょっと莫迦我が家の家宝ムイシュキン公爵

ある時は男としてまたあるときは女として男&女から貫かれるめくるめく快感!



「国立」にユーミンの「ノーサイド」流るとき私も日本も黄昏てゆく 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-31 10:04 | 詩歌

神奈川県立近代美術館鎌倉と鏑木清方記念美術館をみて



茫洋物見遊山記第143回&鎌倉ちょっと不思議な物語第306回


歳末の昼下がりに2つの展覧会を見物しました。
いずれも収蔵展ですが、前者は「光のある場所」、後者は「清方 新春を祝う」というおめでたいタイトルで寂しく陳列しておりました。

前者では20世紀初頭からこんにちまでの近現代美術の総覧を試みていますが、ざっと振り返って心に残っているのは高橋由一の「江の島図」、佐伯祐三の「自画像」、中西夏之の「弓型・弓ぬき」でした。

由一の絵を見て感心するのはその構成の卓抜さで、この「江の島図」の特徴は、画面右はじの漁師(横向き)をのぞく全員が、後ろ姿で描かれていること。江の島に向かって歩く群衆の中には、もしかすると若き日の子規がいたかもしれませんが、あえて後ろ姿にすることによって、彼らが向かう江の島の存在感と彼らの非在感のくっきりとしたコントラストが生まれ、それが画幅に鋭い集中と緊張をかもしだしているのです。

佐伯祐三の「自画像」では、その双眸が暗い闇に覆われており、その不吉な姿は、まるで夭折した彼のかなしみを、自身が予感しているようです。

中西夏之の「弓型・弓ぬき」は白を基調とした抽象画ですが、その「清潔で透明な無意味」が強烈な印象を残します。

鏑木清方記念美術館では、恒例の羽子板展。清方が描いた美人画を、名押絵師永井周山が加工した華麗な羽子板の逸品がずらりと並んでここだけはさながら新春の気分です。

前者は来年3月23日まで。後者は1月26日まで開催されています。


なにゆえに百円玉を製造年ごとに並べて喜んでいるのかうちの耕君 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-30 10:26 | 美術

角田光代著「私の中の彼女」を読んで



照る日曇る日第645回

角田光代が素晴らしいのはその文章の音楽性で、それは彼女の文章を音読すればただちに分かるだろう(その反対の本邦最悪の文章家は塩野七生。全文語尾がダダ止めの無機的で生硬な文体は、この人物の知性と感性の有りようを図らずも暴露している)。

前作「ツリーハウス」では小説を読む醍醐味を堪能させてもらったが、今度の本を読むと小説のツクリや展開がどうのこうのというより、なんだか彼女の内面がそうとう煮詰まってきているようで気になって、前作ほど物語世界にどっぷりはまることができませんでした。

考えてみれば作家が食べていくことは他の職業、例えばリーマンと比べても困難極まりない苦労が伴うに違いない。いくら1本くらい傑作を書いてなんとか賞をもらっても、毎年毎年次から次に新しい作物を、全身全霊をこめ、脳味噌をひねって生みださなければならない。

いくら愚作凡作の山を築いても、注文があってそれに応えられるうちはいいけれど、そんな代物でも書けなくなればそれでおしまい。それでも本を買ってもらえるうちはいいが、タレントや政治家と同じでちょっと飽きられたらハイ、それまでよ、である。

だからどの作家も、例えば村上龍のように下らないテレビ司会者になったり、教師になったりして安全パイをかせぎ、その傍らで新作を目指そうとかするのだろう。

別に著者がそういう事態にいま際会しているはどうか知らないが、本書を読みながら私はいつのまにか人気作家の精神の危機やら物質的内情について思いを馳せていました。

せっかく才能に恵まれたいい作家なのだから、ここはじっくり腰を据えて勝負に出て欲しいと願うや切。


なにゆえに天子は靖国に参ぜぬかその心根を推し量れ臣下 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-29 09:52 | 読書

伊集院静著「ノボさん」を読んで



照る日曇る日第644回

「小説正岡子規と夏目漱石」という副題がついているとおり、生涯にわたって続いた彼ら2人の熱き友情を主題にしたドキュメンタリー的小説で、子規の著作や彼らの往復書簡、キーンの「正岡子規」などの内容をうまく取り入れて、著者なりのノボさんの熱く短い生と個性豊かな人間像を描き出すことに成功しています。

 この作家は、例えば三島由紀夫や大江健三郎などに比べると、使用する語彙も極端に少なく、日本語の持つ複雑で多様な文型を上手に駆使しているとはいえないのですが、「これを読者に伝えたい」とのぞむ気持ちが純朴で、高い熱度を持っているために、へたウマではないけれど、それがかえって現代の読者にもすみやかに到達するようです。

ちょうど平安時代の和歌のもって回った難解なメッセージより、江戸時代の発句のほうがあやまたず人の心に届くように。この人は紀貫之ふうにいうと「心余りて言葉足らず」というちょっと奇妙な場所に立っているみたい。

これを一言で尽くせば、「技巧なき技巧の無手勝流の勝利」ですが、しかしいかに長きにわたる連載を単行本にまとめたとはいえ、ノボさんの大好きな白球がハンブルするがごとく、話柄が再三ダブったり、全体の構成がキチンとしていないのは、プロの作家としてちょっと恥ずかしいことではないでしょうか。
 

なにゆえに最初の文をつけたままメールを返送するのだろう失礼じゃないか 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-28 10:19 | 読書

夢は第2の人生である 第2回




西暦2013年睦月蝶人酔生夢死幾百夜 


33)オフィスではいつも課長と私と部下の3人が同じところに並んでいたのに、ふと気がつくと上司がいない。あたりをきょろきょろ探すと、遥か彼方にたった一人で座っていた。2/1

34)球場では難民救済のためのイベントが行われていた。遠くから小さな箱に向かって阪神のバース選手と札幌芸大の吉田君がボールを投げる。狭いスポットにうまく入れば大成功というわけだが、わたしにはその勇気がなかった。2/2

35)荒波が打ち寄せる真っ暗な洞窟に降りて行くと、そこでは大勢の若い男女がお面をかぶって乱れ騒いでいた。誰かが私を手招いている。2/3

36)私はロシアのスホイ戦闘機を4機抑留した。なぜか、どうしてかは、自分でも分からないのだが。それで亡命することに決めたパイロットたちを私は大阪の寄席に連れて行った。2/4

37)空からぐんと突き出している険しい階段を上っていくと「森本主義者」と書いた哲学者の家があった。どうやら2人の齢老いたインテリゲンちゃんが住んでいるらしい。

38)そのうちの白い髭をはやしたおじいさんが、「これが入場券だよ。好きなのを取りな」と言って差し出した白い布の上には赤、青、翠、黄色などで彩られた美しい鼈甲のような飾りが乗せられていた。

39)ようやく戦争が終わったので、私は氷結したランチを解凍してもらったのだが、その中から見知らぬ男の死体が出てきたのでギャッと驚いた。

40)懐かしい山紫水明の故郷のはずなのに、それはどこかが根本的に変わってしまったようだった。しかし相変わらず渓流には清らかな水が走り、森や原っぱにはさまざまな花が咲いていた。

41)草原の1本道をずんずん進んで行くと、巨大な白いハスの花にとまった白いゴマダラチョウが、大きな翅をゆらゆらさせていた。

42)私は会社員で、ある製品の企画会議に出席していた。黒板には誰が書いたのか「アメリカン・ファンタジー」という英語が大書してある。あまりにも下らない会議なので「忘れ物を取って来ます」と言っていったん帰宅してから出直すと、もう電車がなかった。

43)さてどうしようか、家に帰ろうか、それとも歩いてでも会社に行こうかと駅前で考えこんでいると、暗闇の中でギラリと光る眼があった。ハアハアと喘ぎながら涎を垂らしている狼犬の口は毒々しい赤だった。

44)私の仕事に脇からイチャモンをつける上司。これは間違いなくパワハラだ。そこで私が「これはおいらの仕事だ。お前さんは大人しく引っ込んでろ!」と怒鳴ったら、その声で目が覚めてしまった。

45)若く美しい女をベッドの上に押し倒すと、にわかに欲情が湧きおこって来たので、おもむろに伝家の宝刀を抜こうとしたが、見つからない。必死で探していると、なんとダリの「記憶の固執」の柔らかい時計の隣にぶら下がっていた。

46)オペラハウスのバルコニーの隣の席に、工藤さんが椿姫のヴィオレッタのような衣装でちらと顔をのぞかせた。「あら貴方、お元気だったの?」と尋ねたので、私は懐かしくなって「君こそ元気なの?」と尋ねたら、「生きてしあればと」いうアリアを小さく歌うのだった。

47)それは日常かと思っていたが、どうやら私は探偵オペラに出ていたらしい。第1幕と第2幕では女性が主人公であったが、そこで三一致の法則やそれまでの展開が否定され、ちょうどベートーヴェンの「第九」の歌いだしのような形で、私が進み出るのだった。

48)「こういう短歌を詠むといいわよ」という人がいて、ああそうかなあと思いつつ一晩中考えていたが、けっきょく完成しなかった。私が丹精込めて世話したカエルの産卵の話なのだが、さてどうしたものかなあ。

49)貧乏な私は当時ある上司と部屋をシェアしていた。その部屋の壁面は床から天井まですべて無数のノートブックで埋め尽くされており、他の壁面は同様にことごとく数多の文庫本によって埋め尽くされていた。

50)外出から帰った私が、このアパートのトイレに駆け込んで用を足そうとしていたら、もう一人の別の今中という名の上司が、無理矢理オマルに跨って用を足そうとする。文句を言おうとしたが、彼も下痢のようだ。結局私たちは1つの便器をお尻合わせで使用した。

51)私は北海道の新聞社に入社した。先輩が歓迎会をしてくれるというので、一緒に会場に向かおうとしていたのだが、駅で電車を待っている間に見失ってしまった。仕方なく帰宅しようとしたら、北嶋氏から携帯に電話が入り、駅の反対側の居酒屋で待っているという。

52)あたしはフランソワ。きょう学校で校長先生3万フランもらった。学校の評価基準が変わり、出席・成積・体育のほかに徳育という項目がつけ加わり、あたしのママが死んだ友人のお墓に毎月お花を捧げてお祈りしているからだって。

53)あたしはフランソワ。毎日登校すると、入り口で体を横向きにして懸垂しながら腕の力だけでよじ登り、門番が居る部屋に入ろうとするのだけど、いつも失敗する。すると門番が飛んできてあたしの体を下から抱きかかえて入れてくれるの。

54)あたしはフランソワ。きのう友達の男の子5人がパルチザンに志願して銃を持って学校から出て行った。今朝登校してから窓を開けたら、真っ白いアルプスの山のいろんな所に5つの黒い点が動いていたわ。

55)突然「すぐに来てほしい」という電話が泣き声とともにかかってきて、しかたなくその部屋を訪れると、私の全身が白い芙蓉のような顔の下にある2つの深紅の小さな穴の中にどんどん引きずり込まれていき、またしても取り返しがつかない事態が引き起こされるのだった。

56)「ほんとうに私がいちばん好きなの」と女が訊ねる。「私よりもあの女が好きなんでしょう、もうあの女と寝たんでしょう」と、なおも追及してくる。ああいやだいやだ、これだからいやなんだと、私は夢が早く覚めてくれることを願った。

57)こんな半島の南端にもスタジオがあるのだった。そこではサーファーの若者を主役にしたコマーシャルが撮影中だった。いまふうのきざなディレクターが「よおし、君ここでOK!ボッケイ!と叫んでくれ」と注文するのを、私はうんざりしながら傍観していた。

58)私が懸命に秘匿していた資料や物件がどんどん明るみに出て、周囲の疑惑が一身に集まって来たので、私は潔くすべてを告白して罪をつぐなうことに決めた。

59)うざったい女どもが、私の邪魔をする。堪忍袋の緒が切れた私は、まず右手の拳銃で右側の女たちを殺しはじめたが、今度は左側の女たちが逃げ出し始めたので、左手で別の拳銃を取り出してバンンバン撃ち始めた。これでいいのら。

60)私はその日生涯最後のときを迎えた北の王グスタフだった。忠臣共に遺訓を残らず伝え寝台に美姫を招き、膝に乗せて事に及ぼうとした途端、私はプロレスのセコンドとなって、デブでダメなポンコツレスラーのアドバイスに声をからしていた。「いいか、ゴングが鳴ったらいきなりキンタマキック3連発だ。そうすりゃやあいつも参るだろう。おいお前、聴いているのか!」

61)「ああそうなの、じゃああなたの名前で私がサインすれば、いくらでも交際費が使えるってわけね」と見覚えの無い女がほざいた。
「るせえ、もうもう」と喚きながら私が拳銃をぶっぱなすと、朱に染まって父が斃れた。返す刀で弟にもぶっ放すと、倒れながら彼の父親譲りの牛のように大きな紅い瞳がかすかにほお笑んだように見えた。

62)真夜中に「きゃああ!」という絶叫が聞こえた。女か子供か、はた魔女か?

63)私の教団には「一の山」と「二の山」があって、私は一日おきにそれらを訪問し、宿泊していた。夜になるとその山の宿舎には謎の女が忍び込んでくるのだった。

64)昼と夜の間の境目にはまりこんだ私は、いまが夜なのか昼なのかを考えようとしたが、その考え自体が昼間のものだか夜のものなのか分からなくなってしまった。

65)ピアノの上に女を乗せて膝を割ると、女とピアノが大小高下さまざまな音を鳴らしはじめたので、これはまるでジョン・ケージの音楽のようだと私は思った。

66)清らかな水が流れ、桃の花があちこちで咲いているその里では、上の句や歌に下の句や歌を付けるとただで食事が出たり、出来栄えによっては無料で旅館に泊めてくれるのだった。

67)会社に「女帝」が乗り込んできたために、今までのように自由にタクシーを使えなくなった。しかし最寄りの駅までは10分も歩かねばならぬ。地下鉄に乗ろうと急いでいると部下の女性が脇道で接吻していたので驚いたが、放置して通り過ぎた。

68)私は地方の王に仕える書記官として、その一族の事績を細大漏らさずパソコンに登録し記録に残しておかねばならなかった。しかし日々次々に起こる行事や事件をどのような書式で記録するべきかについて頭を痛め、いまだにその形式を見いだせずにいた。

69)通勤中のリーマンたちを背後から急襲したのは、国家警察だった。彼らは必死に逃げる私たちを大通りの向こうの広い公園に追い込んだ。公園は頑丈なロープで区画され、私たちは現行天皇制や憲法などへの賛否別に分かたれたブースへ閉じ込められた。


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by amadeusjapan | 2013-12-27 09:54 | 創作

ギロチンの歌




「これでも詩かよ」第54番&ある晴れた日に第188回


ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

火つけカツあげ倉破り
殺しに荷抜けに関所抜け
これが噂の大泥棒
丹波のてらこのマコちゃんでえ

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

強姦、輪姦、獣鳥姦
手当たり次第に
やりまくる
オイラが名うての色事師

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

人攫い、溝浚い、洗い浚い
男も女も
皆殺し
子供、ジジババ、見境なし

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

なんでもやったが
ケツ丸出しのあのピアニスト
カティア・ブニアティシヴィリをバックから
クイクイ犯したが命取り

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

御用だ! 御用だ!
とっつかまって
縄つきとなりこのザマだ
世にも哀れなこの体たらく

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

さあお立ち会い
これがオイラの生首だあ
二つの目玉が光ってる
夜空の星を眺めてる

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

カアさん御免な 
親父も御免
これがオイラの人世だとは
お釈迦様でもしらなんだ

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ

さて万国の労働者
こんなオイラを許してくれ
だけど変わらぬオレの性
生まれ変わってもまたやるぜ

ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ
ギロチン、ギロチン、シュッ、シュッ、シュッ



なにゆえに日本のおむつを買い占める その前にまずPM2.5垂れ流しをやめよ 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-26 09:39 | 詩歌

すべての言葉は通り過ぎてゆく 第1回



西暦2013年文月蝶人狂言畸語輯


親愛なる全国の学友諸君、メリー・クリスマス! 
今日からもうひとつ新シリーズを始めました。ご笑読くださいな。


築30年を超えた安普請の床を歩くと、いたるところでベコベコ凹む。そのうちにズビズビズバズバ踏み抜くのではないかとおそるおそる歩いているのです。

ベートーヴェンはベートーベンじゃないだろう。ヴェルディはベルディじゃないだろう。ライヴァルはライバルじゃないだろう。

子供のいない人は、持たない人よりも将来に対して投げ遣りであるような気がしないでもない。

教育の基本は、死と生についていかに臨むかを教えることにある。とすれば、男女七歳にして切腹と自死の作法を体得することが、ひるがえって充実した豊かな生への出発点となるのではあるまいか。

未来に向かって進む。しかしそれは死に向かって進むことでもある。

野坂参三「自国を守るための戦争は正しいのではないか?」
吉田茂「否、正当防衛や国家の防衛権による戦争を認めるということが、結局は戦争を誘発するのである」(森達也氏の発掘記録から)
いたく共感。敗戦直後の保守は、共産党より過激だった。いな、まっとうだった。

政治を軽蔑するものは、軽蔑すべき政治しかもたらさない。トーマス・マン

われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない。ラ・ロシュフコー

予想されていたこととはいえ、まことに残念な結果だった。いずれにせよ私たちは、この敗北点から立ち上がってふたたび前進しなければなるまい。明日は明日の波が来るのだから。

たった1票ではある。しかし、それを誰からも強制されずに、みずからの意思で、自由に行使できる権利の素晴らしさ、そして大切さを思う。
世界の多くの国で、それが許されてはいないという事実を思えば、なおさらのことだ。

明日は楽しい選挙の日。今回ほど多種多彩なメニューが揃ったことはない。よりどりみどりなり。それでもどうしても選べないなら自分の名前を書けばいいのだ。いわば「楽しさの2乗」である。

「ねじれ」の解消より恐るべきは、安倍自民とそれに加担する右派の暴走である。彼らの勝利が天皇元首制への道をひらくとするなら、衆参のねじれなぞ永久に続けばいいのだ。

凡人小事に生き、凡人小事に死す。

いまおそらく日本で一番幸福なのは安倍晋三という人物だが、この男がまもなく我々と我々の国を不幸にするのである。

「幸事門を出でず、悪事千里を行く」宋の孫光憲の『北夢瑣言』

霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き ばせお

世阿弥の作と推定される能曲「白楽天」では、唐から日本の偵察にやって来た白楽天を、住吉明神を先頭に伊勢、石清水、賀茂、春日、鹿島、三島、諏訪、熱田、厳島などの諸神が一致団結して吹き返す。これぞ安倍自民党推薦・全国民必見の熱血愛国ドラマではないだろうか。

松虫の声、りんりんりん、りんとして夜の声、冥々たり。金春禅竹「松虫」

東京の石原に続く猪瀬、大阪の橋下、名古屋の河村、そして国の安倍、いずれをとってもどこか精神の洗練と晴朗さに欠けた軽薄で下品な連中であり、こういう「薄暗いにこごり」のごとき異様な人物を選びとるとは、さすが目が高い選挙民である。

かの三矢作戦と違って一本しかない癖に莫迦の一つ覚えのように「三本の矢」と喚かないで、たまには気のきいた警句のひとつも吐いてみなよ、平成の毛利元就くん。

憲法第9条の戦争放棄条項とこれを踏まえた前文は、恒久平和を希求する諸国民の究極の理想と人類の見果てぬ夢を、ベートーヴェンの「第9」のように美しく、激しく歌い上げているのだが、この捨て身の勇気と究極のロマンチシズムに共感できない「現実主義な人」にはついに無縁のアリアなのだ。7/15

世界に国と憲法多しと雖も、紛争解決の手段としての戦争はもとより武力威嚇と行使まで禁じている例を私は知らない。もとより日本人は人類を代表する理想主義者などではなかったが、絶対平和を希求しているこの憲法の上質の夢想がついに分からなかった。猫に小判、豚に真珠といううべきか。7/16

戦争、震災、原発。いつも我々は事柄の本質の解明や責任の追及などどうでもよく、風のまにまに無節操に流されてゆく。そう、日本人には諸事万端の規範としての憲法なんて要らないのかもしれない。英国では憲法はないがちゃんとやっていることだし。7/16

かわいいのがファッション!? 冗談じゃないそれはファッチョン。ほんとのファッションって凄えもんなんだぜ

毎晩夢を見ている。その大半はどうでもよい内容だが、たまにとうてい口にできないような夢を見ると、おのれがおのれに対して懐いているイメージが音を立てて崩れ落ちるような衝撃に見舞われるものだ。13/7/9

ローリング・ストーンズって、結構大味なバンドだ。聴き続けていると、ミック・ジャガーの顔がジェーン・バーキンのそれに重なり、どれもこれもみな同じような音楽になってきて退屈してしまう。

私は鷹揚な人間なので、たいていのことはニッコリ笑って受け入れるのだが、この度の軍部によるエジプト大統領の解任、安倍自民党の選挙公約、東京への五輪招致運動、鎌倉市の「入所障がい者に対する家賃補助ゼロ」に対しては断固反対するものである。

今日という日はもう2度と来ない特別の日だからできるだけ有意義に暮らそうとまなじりを決するのだが、結局は他の日と同様たいしたことも出来ずに終わってしまうのだった。7/5

なおも生き延びていかねばらならぬので東洋英和という大学に非常勤の口を売りこんだら、学長の村上陽一郎という方から情理を尽くした万年筆の直筆が返って来た。断り状を頂いて感動したのは生涯で初めてのことなり。7/6

対象に向き合うと、心身を消耗するが精神は高揚し、それなりの自己満足が得られる。対象から逃亡すると、心身は楽になるが心の中に負い目が残る。13/7/4

ブログやSNSを通じて日々もっともらしい発言を続けていると、それに対する騒々しい反響と軽薄な「頷き合い」を通じて、己の社会的存在が日々強化されてゆくように錯覚しがちだが、実際はその反対で、その人は発語するたびに己の血と滋養と精力をヨーダのように失い、ますます衰え、孤独にうち沈むようになるのである。13/7/4

クラシックの専門誌「レコード芸術」6月号で、宇野功芳が「日本の国体を心から誇りに思わなければならない」と書いているが、この人はそもそもこういう「戦前臭い」人物だったのかしらん。国体だとさ。

平成の美女と野獣、それは清原夫妻のことだ。

1本のヒメジオン、1羽のヤマトシジミのやうな世界一弱い国をめざしたいものだ。

小さなシジミチョウの中でももっとも地味で、しかしよく見ると繊細で美しい品種に「ヤマトシジミ」の名を冠した人の知性を称えたい。

「1111」という車体番号は嫌みだ。

多重露出技法で知られるパオロ・ロベルシというパリ在住のイタリア人カメラマンにふぁっちょん写真の撮影を頼みにいったことがある。カルロ・ジュリーニのブラームスについて盛り上がっていたら、彼のヴェトナム人の助手が私を手招きして「師匠の半額で同じ写真を撮ってみせる」と売り込まれた。

平和、平和と誰もが言う時には、きっと戦争がある。アンリ・ジュリアール

戦争は癌で、それと見える前から致命的で、犠牲者が病気を自覚する前に犠牲者の運命を握っているのだ。エリオット・ポール

絵や書を上手にかこうとすれば品が下がる。下手に書こうとすれば下手になる。
そこで上手下手を忘れて無念無想の無手勝流でかけばいいのだ、と思い当たるまでに、およそ半世紀が過ぎ去っているというわけだ。詩も短歌も俳句もおなじことなり。

ツイッターで、フォロワーは多いけれどフォローはゼロの有名人がいるが、こういう人は傲慢不遜である以上に、現代社会と他者からの声に耳をふさいでいる気の毒な人である。

ヨハネの首がお盆に盛られたような月が不気味に輝く夜、無数の星々に混じって星と同じくらいの大きさのホタルたちが夜空に舞っている。

毎朝サンコウチョウのこの世のものとも思えない変幻自在な囀りで眼が覚める。
今朝は三羽の揃い鳴き。私の大好きなマリア・カラスと美空ひばりとビルギッテ・ニルソンよりも素敵だ。13/7/31


なにゆえに脳しょうぐあいの君だけにピアノが弾けるのとても不思議だ 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-25 11:05 | エッセイ

夢は第2の人生である 第1回



西暦2013年睦月蝶人酔生夢死幾百夜

今年の1月から夢日記をつけていましたら、いつのまにやらいっぱい在庫がたまったので歳末大放出いたします。ほとんど毎晩見る夢をできるだけ忠実にメモしたものです。

1)最近保守党の党首になった男から、自分のスピーチライターになってくれと執拗に頼まれたが、そもそも思想も主義主張もまるで正反対の人物なので、固辞し続けるうちに朝になった。13/1/3

2)オーストラリアでは革命が起こっていた。白人とアボリジニが激しい銃撃戦を繰り広げているが、その戦いの理由は判らない。どちらが革命派でどちらが反革命派なのかももちろん不明である。殺されないように逃げまわっているうちに朝が来た。13/1/3

3)それからわたしはようやく渋谷の大きな書店の入り口に辿りつき、そこに置いてあった汚れた布団を2つ折りにしてわたしの体を包み込むと、もう何があってもこのまま朝まで眠りこむぞ、と決意したのだった。13/1/4

4)私はとっくの昔に会社を辞めたはずなのに、当時の仲間が大勢集まってパーティを開いているようだ。事業部のリーダーがグラス片手にやってきて「あんさん、例の件どないなりましたか?」と尋ねる。はて、例の件とは何のことだろうか。13/1/5

5)そうだ忘れていた。吉本隆明にブランド宣伝の提灯持ちの本を書かせてくれるはずの講談社の鈴木編集長と大至急連絡を取らなければ、とんでもないものが世間に出てしまう。1/5

6)現場に駆けつけて見ると、想像以上の大混乱だった。 すでに暴徒と化した連中がてんでに武器を持って襲いかかって来たので、私はやむをえず腰にたばさんだコルトを取りだして先頭の男のどてっ腹めがけてぶちかますと、彼奴は朱に染まってその場に倒れた。 愉快だった。 1/6

7)急いで電車に飛び乗ると、国籍不明の奇妙な駅についた。線路の傍まで巨大な波が次々に押し寄せている。津波の前兆ではないかと私の身の毛はよだったが、誰も心配していないようだ。駅前ではボギーの極彩色の広告看板が「三つ数えろ!」と叫んでいる。

8)ここはどこだか分からないが、どうやら私はがらがらの観光バスに乗って当地にやって来たらしい。しかし観光見物どころの騒ぎではない。なにやら怒り狂った連中がこちらに向かって走って来る。運転手が必死に押しとどめようとするのだが、バスの中に入ろうとしている。1/7

9)「これは乗り合いバスじゃない。券がなければ誰も乗れない全席指定の観光バスだ。」と運転手が怒鳴ったが、暴徒と化した彼奴等は耳を貸そうとしない。「指定席だかなんだか知らないがガラガラじゃないか。早く俺たちを乗せろ!」とまた怒鳴る。1/8

10)そこで俺はまたしても腰にたばさんだ愛用のコルトM1911を取りだして、バンバン撃ちまくると、彼奴等は蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったので、俺はアテネ五輪金メダルの北島康介のように「チョー気持ちいい」と叫んだのであった。1/9

11)昨夜の私はなぜだかリヤカーか人力車のようなものに乗って誰かから逃げていた。ここは中国? それともヴェトナムなのだろうか。ふと隣を見るとなんとイラストレーターの川村みづえさんだ。久しぶりなので挨拶しなきゃと思っていると、人力車はいきなり全速力で発車した。1/10

12)みづえさん、どうしてこんなものに乗っているの? と尋ねると「わたしもどうしてだか分からないの。それよりあなたは?」と聞かれても私にだって分かるわけがない。1/11

13)今度はフランスの郊外を走るローカル電車に乗っている。昼下がりにの車内は人もまばらだ。やっと駅についたので降りると世界中どこでも見かけるショッピングモールが駅前にそびえている。入ると見知らぬ人が「お待ちしていました」と笑顔で迎える。1/12

14)どうやら先方は私のことを知っているらしい。差し出された手を握るといきなり「例のシャツですが平織りにしますか、それとも綾織りで行きますか?」と聞かれた。いったいどういうことなのだろう? 1/13

15)この人が誰なのかは分からないが、恐らく服飾の世界の人であり、どうやら生地の問題でもめているらしいが、私にはなんのことやらさっぱり分からない。はてさてどう答えたものかと天を仰いだが、生憎太陽も星も見えなかった。1/14

16)するとその時、突然「平織り8割、綾織り2割で行きましょう。これがいちばん売れるんです」という声が聞こえたので、誰かと思ってその人物の顔をじっと見るとデザイナーの池田ノブオだった。1/15

17)私が荒れ地に巨大な木の枠をつくり、それを2階建て、3階建てへと拡大していると、人々がやって来て、「おおなんと素晴らしい。あなたは行く宛てのない難民のための住居をつくろうとしているのですね」と口々に言って握手を求めてきた。1/16

18)しかし私はそんなことは夢にも考えずに、ただ自分の夢の中でいたずらをしただけのことなのに、彼らはそれを勝手に拡大解釈して世間に触れまわっているのだ。1/17

19)昨日は大変だった。上司と組んで仕事をするのだが、その上司は「お前は仕事をしなくてもいいから、BGMにマーラーの交響曲を流してくれればいい」というのだ。1/18

20)法隆寺の沈香のような白壇の古木を11本並べておけば、馥郁たる芳香を放ちながらまるでCDラックのようにマーラーの交響曲を演奏してくれるという訳だが、その並べ方が難しい。1/19

21)また白壇の古木を9本ではなく11本というのは、マーラーの9つの交響曲のほかに「大地の歌」と未完の交響曲第10番も含まれているのだった。1/20

22)Twitterのツイートの欄にうなぎを入れ、そいつにチョイチョイ味付けをしてから私は自宅のメールアドレスに発送した。これで帰宅したら美味いかば焼きを食べることができる。1/21

23)ここはどこだ。たぶん中国の古い城塞だろう。私が大きな石積みの間の狭い道を登っていくと行き止まりとなり、そこから見下ろすと目がくらむような断崖絶壁だった。1/22

24)城塞の上からは遥か遠くにそびえる山々や平野を流れる川や中国の古い様式の建物などがよく見えた。青い空の真ん中をさまざまな動物の形をした雲がゆるやかに流れている。1/23

25)疲れを癒しながらしばし絶景の鑑賞に耽っていた私は、自分の仕事を思い出して愛用のソニーの初代ビデオカメラを左の肩に乗せ、この素晴らしい景観を撮影しはじめた。これはちょっと重いが赤と緑の発色が鮮やかなのである。1/24

26)ふと気がつくと私から少し離れた所で、ソニーよりも大きなミッチェル撮影機がカタカタと音を立てながら回っている。昔映画の撮影によく使われた名機をひとりで操作しているのは頭の禿げたオッサンだった。1/25

27)よく見るとオッサンのとなりには、もうひとりもっと頭の禿げたオッサンが立っていて、ジタンを喫みながらミッチェルの回転に留意している。どこかで見た顔だと思っていたらゴダールとラウル・クタールの凸凹絶妙コンビだった。1/26

28)この至高の景色を前にしてゴダールがC'est Magnifiqueというかと思ったが、C'est mieuxといった。ゴダールたちと並んで撮影しながら私は限りなく幸福だった。1/27

29)センスの良くないデザイナーが示したレイアウトを前にしてウームと唸るわたし。明らかに彼奴は無能で悪しき表現物なのだが、ではどこをどう直せと具体的に言えないから困るのだ。1/28
 
30)私はおそらくモンゴルにいて、かなり高さのあるなんとか峠から大平原を見下ろしている。すると京マチ子似の白い着物姿の女性が、わたしに「どうしてもシェルタリングスカイに変えて頂かなくては困ります」と激しく迫るのだった。でも「シェルタリングスカイに変える」って、どういうこと?1/29

31)私が森の中で腰を下ろしていると、人々も思い思いに座っていたが、いきなり2匹の白い犬が1匹の黒い犬と喧嘩をはじめた。白い犬が黒に咬まれて悲鳴を上げているが誰も助けようとしない。人々がすがるような目で私を見るので、しかたなく「シロシロ」と呼ぶと、私のところに飛んで来た。1/30

32)ファニー・アルダンが夢の中で出てきて私に何か語りかけたのだが、ジュリア・ロバーツと同じくらい大きな口が動くのを見ていたので、彼女がなんというたのか忘れてしまった。1/31


なにゆえに遠くをみれば昔を思い出すのだろう目と頭の微かなつながり 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-24 10:23 | 創作

川喜多映画記念館で稲垣浩監督の「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」をみて




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.610&鎌倉ちょっと不思議な物語第305回


なんというても師走だし、それに原節子嬢の最後の出演作品だし、ということで鎌倉小町の川喜多映画記念館に駆けつけましたらぬあんと207分の長丁場で閉口しました。

しかしさすがは職人稲垣カントクで、1962年当時の有名スタア総出演の「超大作」をじつに要領よく撮っては切り、切っては繋いでいること、音楽の伊福部昭が時代劇であるにもかかわらず例の「ゴジラ」と同工異曲の劇伴をつけているのには感嘆しました。

内蔵助は先代の松本幸四郎、吉良上野介はやはり先代の市川中車と歌舞伎役者がしっかりとアホ莫迦浅野内匠頭の加山雄三を支えており、脇から俵星玄蕃の三船敏郎が両国橋で助っ人という布陣ですが、内蔵助の妻おりくに扮したくだんの原節子様の出番は哀れなことにほんのちょぴり。

内蔵助に離縁され、山科の陋屋から駕籠に乗って去ってゆく涙涙の永訣のシーンが、彼女の文字通り最後の活動写真姿となったのでした。

この映画が封切られたのは62年の12月ですが、還暦を迎えたその当日の翌63年12月12日には小津監督が死去。北鎌倉の自宅における通夜に出席したその日から、銀幕の大スタア原節子は姿を消して今日に至っています。

私が鎌倉に住んでざっと35年になりますが、しかしこの頃まだ浄明寺の熊谷久虎監督邸の離れに住んでいた彼女は、訪ねてきた司葉子たちとマージャンに興じたり、近所で買い物をしたりしていたと近くのオバサンは言うております。

同じ町内の脚本家、野田高梧宅を訪ねたりしていたのではなかろうかと愚考するのですが、やがて彼女はなぜか次第に外出を避けるようになりました。

小学館におられた「日本国憲法」の島本脩二氏から、当時上司から熊谷邸付近の張り込みを命じられたというお話を伺ったこともありましたが、あわよくばフォーカスしてやろうという芸能関係者も多かったし、かく申す小生も浄妙寺への散歩のついでに生垣の向こうを覗いてみるという、超はしたないこともやっておりましたですなあ。

われらが永遠の原節子嬢は、今年とって93歳。だいぶ前に鎌倉を去ってどこかの病院か施設に入所されているようですが、いつまでもいつまでも長生きして頂きたいものです。


往年の大スタア次々に逝くめれどわが原節子のみ永遠に生くらむ  蝶人


なにゆえに女性が自動車を運転できないのかサウジアラビアは面妖な国 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-23 10:10 | 映画

山本周五郎著「栄花物語」と辻善之助著「田沼時代」を読んで



照る日曇る日第642回&第643回


「栄花物語」は、平安時代の藤原道長一族の栄華を描いた女子の手になる歴史物語であるが、こちらの「栄花物語」は宝暦、明和、安永、天明の30年間にわたる老中「田沼意次の時代」を舞台に、田沼父子と2人の武士を主人公に描いている。

ここで作者は世上賄賂で私腹をこやし専断政治を行った悪辣非道の成り上がり大名として指弾されることの多い田沼意次を、商業資本の台頭に呑みこまれようとする幕府財政を、経済の自由化や貿易や干拓事業によって救済しようとした、知的で冷静で開明的で意志強固な政治家として描き出すことに成功している。

「悪狸」どころか、暗黒時代の唯一の光明として田沼を浮かび上がらせるこのような視線は、もちろん大正4年に出版された辻善之助の「田沼時代」から学んだもので、同時代に生きた2人の武士の暮らし振りや様々な事件や人間像もここから吸収したものが多いことは、両書を読み比べてみれば一目瞭然だろう。

面白いのは、辻が歴史的資料に拠りながら彼が賄賂を取り贅沢な生活をしながら民権と文化文明を発達させ、時代の先駆けとなる開国思想を懐いていた近世最大の自由思想家として田沼意次を描きだしているのに対して、山本はそこまで歴史的視野を遠望することなく、むしろ眼前の課題に対して、それが負け戦と知りつつ絶望することなく最後まで戦う悲愴感みなぎる思想の武士として描いていることである。

しかしこれを読みものとして比較すれば、さすがの山本も辻の口述筆記本の圧倒的な面白さにはまるで勝負にならず、素人のように裸足で逃げ出さないわけにはいかないだろう。


なにゆえに草ばかり食う牛や鴨が見事な肉となりおおせるのか 蝶人
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by amadeusjapan | 2013-12-22 09:53 | 読書

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
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