晴風万里

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西暦2015年弥生蝶人花鳥風月狂歌三昧



ある晴れた日にある晴れた日に第298回


ようやつと去んでくれけり如月尽

明治大正昭和平成人間皆迷羊

蛇長しされど我らが人世ほど長くはない

蛇長く長長き夜をひとりCOME ON寝む

冬去りて春来たりなば夏遠からじ

お玉が滅ぶか私が滅ぶかどちらが先に駈けつくか

けふもまたお父さん怒ったり注意したりしないでねという息子 

録画せしテレビの教養番組を倍速で見る私の晩年

耳を澄ましてごらん「無名にして共同なるもの」の唄が聞こえるでしょう?

アラ、ドロンかいな昔むかしヴィスコンティなんかに使ってもらっていた頃が一番輝いてたなあとは朧 

仕事よりは楽しみの日々のほうが楽しかろ古代ギリシアのその昔から

アカバへ!アカバへ!半月刀振りかざし熱砂を駈けしアラビアのロレンス 

「あれから4年」と言われなければ何ひとつ思い出さない豚児なわたし

物言えば唇寒き頃なれど云うだけのことは春風に云う

ぶうぶうとふいごを吹けばめらめらと古鎌倉の鉄燃え上がる

かぎりなく欲望を求めまた求め莞爾と死んでいく豚のように

この道はいつか来た道どですかでん君の祖父が逃げ帰った道

誰か何か言ってやって「私は何をどう頑張ればいいの」と訴えるパニック障害の人に

寒くなれば寒い暖かくなれば暖かい風が出るそんなエアコンと暮らしています

食べられる霞があれば送るべし売れぬ絵を描く私の息子に

真夜中に時々自分を暖めているひとりぼっちの我が家の風呂よ

やれ非常事態ほれ新事態ああせい法制と机上の空論馬鹿騒ぎ

ナイターの東京ドームを埋める人みんな一人で死んで行くのだ

由比ヶ浜の砂の下に昏々と眠り続ける若武者の歯よ

土手下に真昼の星は輝きぬ小さく青きいぬふぐり咲きたり

人の齢春夏秋冬空の雲過ぎにぞ過ぎてまた春となる

「成駒屋アー!」「萬屋アー!」「三河屋アー!」と有頂天にラアラア騒ぐ大向こう

神様に愛されざれしかアマデウスせめてあと一年の命ありせば


  おそらくは千倉の青を描きつつ弥生の空に水丸逝けり 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-31 11:55 | 詩歌

なにゆえに第13回~西暦2015年弥生蝶人花鳥風月狂歌三昧



ある晴れた日にある晴れた日に第297回


なにゆえに物価がどんどん上がり行く安倍蚤糞めどですかでん

なにゆえに安倍蚤糞は知事を避ける沖縄の最新民意が怖いから

なにゆえに線路はどこまでも続いてる僕らの旅がまだ終わらないから

なにゆえに自衛隊を海外に遣ろうとするみずから戦を仕掛けたいので

なにゆえに武蔵はシブヤン海に沈んだか帝国の愚かな野望の戒めとして

なにゆえに雨なら月曜は休むと云う耕君は施設が厭なのかしら

なにゆえに外国人のスピーチは面白い日本アカデミー賞はくだらないのに

なにゆえに春のうららの「隅田川」で半音上げる山田耕筰が改悪したから

なにゆえに数字の1をiと書くイッヒMozart電話も一番

なにゆえに男性ダンサーのあそこはあんなに大きいいったい何が入ってるんだ

なにゆえに戦争大好き内閣を支持するのあんたも戦争したいから

なにゆえにシンゾウ・アベは3.11の教訓を無視したかアンゲラ・メルケルが脱原発を決意したのに

なにゆえに勝手に安倍談話を出せという相変わらずの自己中小泉

なにゆえに自公の一部で安保を決めるわれら民草を置き去りにして

なにゆえに「維新3大政治家」に西郷どんが抜け落ちている池辺三山が急死したから 

なにゆえに彼女の脇の下ばかり見つめてるヴァイオリンを聴いているはずなのに

なにゆえに人間は偉そうにしていられるまだ体がそれなりに動いているから

なにゆえに「八紘一宇」の演説をする金八先生が歴史を教育しなかったから

なにゆえに崎野隆一郎さんを敬うかマムシを剥いで焼いて食べてしまう

なにゆえに突然涙が溢れだす内田光子のモーツアルト

なにゆえに自衛隊の海外派兵に狂奔するともかく戦争ごっこがしたいから

なにゆえに宮本選手は指揮者をやめるまたオーボエ最高峰を極めるべく

なにゆえに安倍は軍備をどんどん進める祖父の亡霊に操られて

なにゆえにニュースのあとにはまたニュースそれを飽きずに拡散する人

なにゆえに黄色いひよっこピヨピヨピヨさえずるだけでたのしいからさ

なにゆえにめんどりおばさんコケコッコ歌ってるだけで仕合わせだからさ

なにゆえにうちのムクちゃんワンワンワン吠えてるだけでうれしいからさ

なにゆえにうちの耕君ニコニコニコ生きてるだけで面白いからさ


なにゆえに隣のタマちゃんミャウミャウミャウ鳴いてるだけで恋しいからさ 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-30 10:33 | 詩歌

吉田秀和述西川彰一編「モーツァルトその音楽と生涯」第5巻を読んで



照る日曇る日第771回


今宵出舟はお名残り惜しや。

モザール最後の年の最後の曲k626を放送する吉田翁の双眼には、さぞかし潤沢なドロプスが頬を伝わり流れたであろう、そのような最終回の最終巻なりき。

 ついに未完に終わったレクイエムに至るまでに翁によってよどみなく語り尽くされているのは1787年作曲の「アイネクライネ・ナハトムジーク」、歌劇「ドン・ジョヴァンニ」、88年の「交響曲第39、40、41番」、89年の「クラリネット五重奏曲」、90年の歌劇「コジ・ファン・トウッテ」、「弦楽五重奏曲二長調」、91年の「ピアノ協奏曲第27番」、歌劇「魔笛」&「皇帝テイートの慈悲」等々等々の名曲揃い。

 こうやって曲名を抜き書きしているだけでその音楽が脳内を猛烈な勢いで駈けめぐる次第であるが、特に凄いのはモー選手の死の年1791年の疾風怒濤のラストスパートの物凄さ。金欲しさにアルバイトの舞曲を書き飛ばしながら、あの涙なしでは聴くことのできないk595の最後のピアノ協奏曲を書き遺し、この世のものとも思えぬジングシュピールの傑作「魔笛」を完成し、オペラセリア「皇帝テイートの慈悲」に至ってはわずか18日間で仕上げたというから、もはや超人的な仕事ぶりといわざるをえない。

 本書で吉田翁は、「ウイーン、9月7日」の日付のモザールの手紙をが紹介しています。

「仕事は一生懸命続けています。けれどももう自分の終りの鐘が鳴っているのかな、とふっと気づかされるような気がする時があります。僕はもう息もたえだえなんです。自分の才能を楽しむ前に死んでしまう。ですが、生きるということは実に楽しかった。でも自分の運命を勝手に変えることはできません。諦めなければなりません。何事も神様の望む通りに行われるでしょう」

 心身とも疲労困憊しながら取り組んだ最後の仕事が、ほかならぬ彼自身のレクイエムになったのはまことに悲劇的であったが、この曲を聴きながら、彼にあと数年、いや1年の猶予を神様はどうしてお与えにならなかったのか、と天を仰ぐ人は私だけではないだろう。


   神様に愛されざれしかアマデウスせめてあと一年の命ありせば 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-29 10:24 | 読書

国立劇場で「梅雨小袖昔八丈=髪結新三」千穐楽をみて



茫洋物見遊山記第174回

 

 傾きかけた商家のお嬢さん(中村児太郎)。手代の忠七(市川門之助)と言い交わしていたのだが、んなこと委細構わず五〇〇両の結納金のかたに母親は嫁入りを決めてしまう。折良くだか悪くだか来合わせた髪結の新三(中村橋之助)が青菜に塩の二人をそそのかして、お嬢さんを自家へ連れ込んでしまう。

 騙されたと知った忠七から訳を聞いた源七親分(中村錦之助)が新三の家に掛け合いに来るが、たかが一〇両で買い戻すとは馬鹿にするなと追い返されてしまう。

 するとその話を聞いた大家の長兵衛(市川團蔵)がやはり新三の家に乗りこんで、十五両で手を打たせるが、それを知った源七親分が新三を待ち伏せして両者がいざ因縁のチャンチャンバラバラが始まる!というところで幕となる名人河竹黙阿弥の名作なり。

 明治六年の脚本なのに、気分は完全に江戸時代。文明開化なんか無視して旧幕の古く良き時代の思い出噺に花を咲かせようとする反時代的反逆精神の発露をこの芝居に見る。

 私はいつもの天井桟敷だったが、となりに座った大向こうが耳をつんざくような胴間声で「成駒屋アー!」「萬屋アー!」「三河屋アー!」と怒鳴るのには閉口した。こういうのは、小さくてもよく響く声でやってほしいものだ。

 本日で千秋穐を迎えた半蔵門界隈はすでに桜が満開だった。


「成駒屋アー!」「萬屋アー!」「三河屋アー!」と有頂天にラアラア騒ぐ大向こう 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-28 11:43 | 芸術

母を偲びて~西暦2015年初春版



ある晴れた日に第296回


天ざかる鄙の里にて侘びし人 八十路を過ぎてひとり逝きたり  

日曜は聖なる神をほめ誉えん 母は高音我等は低音

教会の日曜の朝の奏楽の 前奏無みして歌い給えり

陽炎のひかりあまねき洗面台 声を殺さず泣かれし朝あり

千両、万両、億両 子等のため母上は金のなる木を植え給えり

千両万両億両すべて植木に咲かせしが 金持ちになれんと笑い給いき

白魚のごと美しき指なりき その白魚をついに握らず

そのかみのいまわの夜の苦しさに引きちぎられし髪の黒さよ

うつ伏せに倒れ伏したる母君の右手にありし黄楊の櫛かな

我は眞弟は善二妹は美和 良き名与えて母逝き給う

母の名を佐々木愛子と墨で書く 夕陽ケ丘に立つその墓碑銘よ

太刀洗の桜並木の散歩道犬の糞に咲くイヌフグリの花

犬どもの糞に隠れて咲いていたよ青く小さなイヌフグリの花

滑川の桜並木をわれ往けば躑躅の下にイヌフグリ咲く

犬どもの糞に隠れて咲いていたよ青く小さなイヌフグリの花

頑なに独り居すると言い張りて独りで逝きしたらちねの母

わたしはもうおとうちゃんのとこへいきたいわというてははみまかりき

わが妻が母の遺影に手向けたるグレープフルーツ仄かに香る

瑠璃タテハ黄タテハ紋白大和シジミ母命日に我が見し蝶

犬フグリ黄藤ミモザに桜花母命日に我が見し花

雪柳椿辛夷桜花母命日に我が見し花

真夜中の携帯が待ち受けている冥界からの便り母上の声

われのことを豚児と書かれし日もありきもういちど豚児と呼んでくれぬか

一本の電信柱の陰にして母永遠に待つ西本町二十五番地 

なにゆえに私は歌をうたうのか愛する天使を讃えるために 

土手下に真昼の星は輝きぬ小さく青きイヌフグリ咲きたり 


   人の齢春夏秋冬空の雲過ぎにぞ過ぎてまた春となる 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-27 19:33 | 詩歌

青い水平線~「これでも詩かよ」第133番




ある晴れた日に第295回








波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波



      冬去りて春来たりなば夏遠からじ 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-26 11:31 | 詩歌

佐々木愛子全歌集



ある晴れた日に第294回

 
一昨日は私の母愛子の命日でしたので、その冥福を祈るために生涯アマチュアの歌詠みであった彼女の全歌集をここに採録しておきたいと存じます。母の霊よ安かれ!


つたなくて うたにならねば みそひともじ
ただつづるのみ おもいのままに   

七十年 生きて気づけば 形なき
蓄えとして 言葉ありけり 
    
1995年4月
いぬふぐり むれさく土手を たづね来ぬ
 小さく青き 星にあいたく
                   
1992年5月
五月晴れ さみどり匂う 竹林を
ぬうように行く JR奈良線

なだらかに 丘に梅林 拡がりて
五月晴れの 奈良線をゆく

直哉邸すぎ 娘と共に
ささやきのこみちとう 春日野を行く

突然に バンビの親子に 出会いたり
こみちをぬけし 春日参道

          
1992年7月
くちなしの 一輪ひらき かぐわしき
かをりただよう 梅雨の晴れ間に

梅雨空に くちなし一輪 ひらきそめ
家いっぱいに かおりみちをり


15,6年前の古いノートより
いずれも京都への山陰線の車中にて

色づける 田のあぜみちの まんじゅしゃげ
つらなりて咲く 炎のいろに

あかあかと 師走の陽あび 山里の
 小さき柿の 枝に残れる

山あひの 木々にかかれる 藤つるの
 短き花房 たわわに咲ける

谷あひに ひそと咲きたる 桐の花
 そのうすむらさきを このましと見る

うちつづく 雑草おごれる 休耕田
 背高き尾花 むらがりて咲く

刈り取りし 穂束つみし 縁先の
 日かげに白き 霜の残れる

PKO法案
あまたの血 流されて得し 平和なれば
 次の世代に つがれゆきたし

もじずりの 花がすんだら 刈るといふ
 娘のやさしさに ふれたるおもひ

うっすらと 空白む頃 小雀たち
 樫の木にむれ さえずりはじむ

1992年8月
娘達帰る
子らを乗せ 坂のぼり行く 車の灯
 やがて消え行き ただ我一人

兼さん(昔の「てらこ」の番頭さん)の遺骨還りたる日近づく
かづかづの 想い出ひめし 秋海棠
 蕾色づく 頃となりたり

万葉植物園にて棉の実を求む
棉の花 葉につつまれて 今日咲きぬ
 待ち待ちいしが ゆかしく咲きぬ

いねがたき 夜はつづけど 夜の白み
 日毎におそく 秋も間近し

なかざりし くまぜみの声 しきりなり
 夏の終はりを つぐる如くに

わが庭の ほたるぶくろ 今さかり
 鎌倉に見し そのほたるぶくろ

花折ると 手かけし枝より 雨がえる
 我が手にうつり 驚かされぬる

なすすべも なければ胸の ふさがりて
 只祈るのみ 孫の不登校

1992年11月
もみじ葉の 命のかぎり 赤々と
 秋の陽をうけ かがやきて散る

おさなき日 祖父と訪ひし 古き門
 想い出と共に こわされてゆく

老祖父と 共にくぐりし 古き門            
 想い出と共に こわされてゆく

1992年12月
暮れやすき 師走の夕べ 家中(いえじゅう)の
 あかりともして 心たらわん

築山の 千両の実の 色づきぬ
 種子より育てし ななとせを経て

手折らんと してはまよいぬ 千両の
 はじめてつけし あかき実なれば

師走月 ましろき綿に つつまれて
 ようやく棉の 実はじけそむ   「棉」は綿の木、「綿」は棉に咲く花

母の里 綿くり機をば 商いぬと
 聞けばなつかし 白き棉の実

1993年1月 病院にて
陽ささねど 四尾の峰は 姿見せ
 今日のひとひは 晴れとなるらし

由良川の 散歩帰りに 摘みてこし
 孫の手にせる いぬふぐりの花

みんなみの 窓辺の床に 横たわり
 ひねもす雲の かぎろいを見つ

七十年 過ごせし街の 拡がりを
 初めて北より ひた眺めをり

今ひとたび あたえられし 我が命
 無駄にはすまじと 思う比頃

1993年2月
大雪の 降りたる朝なり 軒下に
 雀のさえずり 聞きてうれしも

次々と おとないくれし 子等の顔
 やがては涙の 中に浮かびぬ

くちなしの うつむき匂う そのさがを
 ゆかしと思ふ ともしと思ふ
                    「ともし」は面白いの意。
十両、千両、万両  花つける
 我庭にまた 億両植うるよ

命得て ふたたび迎ふる あらたまの
 年の始めを ことほぎまつる

おさな去り こころうつろに 夜も過ぎて
 くちなし匂う 朝を迎うる

炎天の 暑さ待たるる 長き梅雨
            
1993年9月
弟と 思いしきみの 訃を知りぬ
 おとないくれし 日もまだあさきに

拡がれる しだの葉かげに ひそと咲く
 花を見つけぬ 紫つゆくさ

拡がれる しだの葉かげに 見出しぬ
 ひそやかに咲く むらさきつゆくさ

水ひきの花枯れ 虫の音もさみし
 ふじばかま咲き 秋深まりぬ

ニトロ持ち ポカリスエット コーヒーあめ
 袋につめて 彼岸まゐりに

久々に 野辺を歩めば 生き生きと
野菊の花が 吾(あ)を迎うるよ

うめもどき たねまきてより いくとしか
 枝もたわわに 赤き実つけぬ

露地裏に 幼子の声 ひびきいて
 心はずむよ おとろうる身も

戸をくれば きんもくせいの ふと匂ふ
 目には見えねど 梢に咲けるか

秋たけて ほととぎす花 ひらきそめ
 もみじ散りしく 庭のかたえに

なき人を 惜しむように 秋時雨

村雨は 淋しきものよ 身にしみて
 秋の草花 色もすがれぬ

実らねど  なんてんの葉も  あかろみて

病みし身も 次第にいえて 友とゆく
 秋の丹波路 楽しかりけり

山かひに まだ刈りとらぬ 田もありて
 きびしき秋の みのりを思ふ

いのちみち 着物の山に つつまれし
まさ子の君は 生き生きとして      雅子さんご成婚か、不詳

カレンダー 最後のページに なりしとき
 いよよますます かなしかりける

虫の音も たえだえとなり もみじばも
 色あせはてて 庭にちりしく

深き朝霧の中、11月27日 長男立ち寄る
ふりかえり 手をふる車 遠ざかり
 やがては深く 霧がつつみぬ
            
1994年4月
散りばめる 星のごとくに 若草の
 野辺に咲きたる いぬふぐりの花

この春の 最後の桜に 会いたくて
 上野の坂を のぼり行くなり

春あらし 過ぎてかた木の 一せいに
 きほい立つごと 芽ふきいでたり

1994年5月
浄瑠璃寺に このましと見し 十二ひとえ
 今坪庭に 花さかりなり

うす暗き 浄瑠璃寺の かたすみに
 ひそと咲きたる じゅうにひとえ

あらし去り 葉桜となる 藤山を
 惜しみつつ眺む 街の広場に

級会(クラスかい) 不参加ときめて こぞをちとしの
 アルバムくりぬ 友の顔かほ        「をちとし」は一昨年の意

萌えいづる 小さきいのち いとほしく
 同じ野草の 小鉢ふえゆく

藤山を めぐりて登る 桜道
 ふかきみどりに つつまれて消ゆ

登校を こばみしふたとせ ながかりき
 時も忘れぬ 今となりては

学校は とてもたのしと 生き生きと
 孫は語りぬ はずむ声にて

円高の百円を切ると ニュース流る
 白秋の詩をよむ 深夜便にて      「深夜便」はNHKラジオ番組

水無月祭
老ゆるとは かくなるものか みなつきの
 はじける花火 床に聞くのみ       「水無月祭」は郷里の夏祭り  

もゆる夏 つづけどゆうべ 吹く風に
 小さき秋の 気配感じぬ

打ちつづく 炎暑に耐えて 秋海棠
 背低きままに つぼみつけたり

衛星も はた関空も かかわりなし
 狂える夏を 如何に過すや         

草花の たね取り終えて 我が庭は
 冬の気配 色濃くなりぬ

1995年4月
いぬふぐり むれさく土手を たづね来ぬ
 小さく青き 星にあいたく


  土手下に真昼の星は輝きぬ小さく青きいぬふぐり咲きたり 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-25 14:23 | 詩歌

夏目漱石の「三四郎」を読んで



照る日曇る日第770回

購読している朝日新聞がさきの「こころ」に続いて日々連載していたのでなんとなく再読することになってしまったが、止せばよかったと後悔することになってしまった。なんというか、読物としてほとんど詰らなかったのである。

 むかしはじめて読んだときはこちらが若かったせいか、主人公の三四郎と田舎者の自分をなぞらえて帝都の美と知の象徴のごときヒロインの美禰子にもおおいに憧れたのであるが、今回は「この男なんでこんな女に惚れたのか、馬鹿な恋をしたもんだ」と冷たく突き放してしまった。歳はとりたくないものです。

 結局改めて記憶に焼きつけられたのは、上京する列車で喰うた弁当箱を窓から投げ捨てる場面と、乗り合わせた女と名古屋で同宿した女から「あなたは度胸のない方ですね」と切り捨てられるシーン、乗り合わせた広田先生が、「日本は滅びるね」と断じ、由比ヶ浜の海岸を抜き手で泳いで帰ってくるところ、

 さうして三四郎池の青空とヒロインが丘の上に登場する個所と最後に三四郎と美禰子が別れる全編のキモのところ。(以下引用)

「ヘリオトロープ」と女が静かにいった。三四郎は思わず顔を後へ引いた。ヘリオトロープの罎。四丁目の夕暮。迷羊。迷羊。空には高い日が明かに懸る。(引用終わり)

 ちなみにこの迷羊には「ストレイシープ」とルビがふってある。

 とどめは教会から出てきた美禰子が旧約聖書第51篇第2節の名台詞「われは我が愆を知る。わが罪はつねにわが前にあり」を「聞き取れない位な声でいう」ところ。

 嗚呼、これで哀れ三四郎は万事休すとなるのである。

 漱石の小説の魅力は、「猫」や「坊っちゃん」のように物語が軽快で文章が生き生きしていること、のはずだったが、ここでその痕跡が残るのは、はつかに生前の子規を思わせる与次郎の快活と剽軽さのみ。全体的にプロット相互のつながりが小澤征爾の指揮のように気息奄奄として、物語の展開になめらかさと合理性を欠いている。

 それゆえこの青春恋愛ビルダングス小説の生命線は、この「ストレイシープ」だの「ハイドロオタフヒア」や聖句のひけらかしなどの英文学的素養と蘊蓄にあるといえよう。


      明治大正昭和平成人間皆迷羊 蝶人

 
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by amadeusjapan | 2015-03-24 10:28 | 読書

斉藤斎藤著「渡辺のわたし」を読んで~「これでも詩かよ」第130番



ある晴れた日に第293回


友達の友達は友達


友達の友達は友達なので斉藤斎藤はFB友達

友達の友達は友達なので鈴木志郎康はわが偏愛の極私的詩人

友達の友達は友達なので横山リエは「新宿泥棒日記」

友達の友達は友達なので今井アレクサンドルはやぶれかぶれアーティスト

友達の友達は友達なので崎野隆一郎は「永遠のガキ大将」

友達の友達は友達なので井上八千代は踊りの名人

友達の友達は友達なので荻野いづみは美貌のデザイナー

友達の友達は友達なので根岸吉太郎は「ひとひらの雪」

友達の友達は友達なので近藤等則は戦うトランペット

友達の友達は友達なので羽仁未央ちゃんは霊界の友

友達の友達は友達だけど安倍晋三は赤の他人 



      ようやつと去んでくれけり如月尽  蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-23 09:57 | 詩歌

プルースト著岩崎力訳「楽しみと日々」を読んで



照る日曇る日第768回


「失われた時を求めて」の作者が20代前半に書いた短編小説&エッセイのアマルガム&ブリコラージュ本で、アナトール・フランスが序文を寄せています。

 昔から「栴檀は双葉より芳し」なぞと申しますが、マア少しは後年の大傑作を連想させる要素もあり、と後付けで云おうと思えば言えるでしょうが、全体の読後感をおさらいするなら、この程度の文章家がよくもあんな大作家に化けたと評すべきではないでしょうか。

 訳者の訳注によれば、彼は13,4歳の頃にはモーツアルトとグノーを、20歳すぎにはベートーヴェン、ワーグナー、シューマンを好んだらしく、本書にはショパン、グルック、モーツアルト、シューマンについて「音楽家の肖像」というタイトルの連詩が載せられておりますが、果たしてどこまで彼らの芸術の真価が分かっていたのか怪しいものだと思います。

 けれども「俗悪な音楽を嫌うのはいい。しかし軽蔑してはいけない。高雅な音楽より低俗な音楽のほうが遥かにしばしば、遥かに情熱をこめて演奏され歌われるので、前者より後者が徐々に、人々の夢や涙で満たされるにいたった。それだけでも低俗な音楽は敬すべきものでなくてはならぬ」と賛辞を贈っているのは、さすがと云うべきでしょう。

 この「音楽」を、「映画」や「絵画」や「文芸」や「演劇」なぞにそっと置き換えてみるのも一興かと存じます。

 またギリシアの詩人、ヘーシオドスの「仕事と日々」からぱくったこの「LES PLAI
SIRS ET LES JOURS」というタイトルは、いかにも才知あふれるプルースト選手ならではのネーミングで、私もご本人の許諾もなしにぱくって、自分の詩歌連載の題名に流用させていただいておりまする。


   仕事よりは楽しみの日々のほうが楽しかろ古代ギリシアのその昔から 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-03-22 10:11 | 読書

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
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