晴風万里

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なにゆえに第20回~西暦2015年神無月蝶人花鳥風月狂歌三昧



ある晴れた日に 第338回



なにゆえに毎日殺人事件が起こるのか毎日殺人を報道するので

なにゆえに右肩右腕の激痛が治らぬ天は右翼を見放しつつあり

なにゆえにいきなりリクエストだけ送るつけるなにか一言書きなさいよ

なにゆえに夜ともなれば星を見上げるわれらみな太陽から生まれた星の子だから

なにゆえに大村さんはノーベル賞をもらったかお祖母さんの言いつけを守ったから

なにゆえに他人の歌をとやかく言うの自分の歌が全然出来ないくせに

なにゆえに「反原発男」が大臣になる少しは父親を見習いなさい

なにゆえにデニーズのパスタはあんなに不味い素材も茹で方もてんで駄目ずら

なにゆえにアンパンマンも癌になる二人に一人は癌になるので

なにゆえにいざという時に負けてしまう田中錦織稀勢の里阪神

なにゆえに内閣支持率が上昇する不可解なるは大衆の幻像

なにゆえに西欧人と錯覚するお前は普通のアジア人なのに

なにゆえに新しいディスプレイを買ってしまったプラグが緩んでいただけとは思わなかった

なにゆえにオトマール・スウィトナーとベルリン国立管は待たされた「魔笛」の場面展開が遅いので

なにゆえに次男は青いセーターを贈ってくれたか今日が私の誕生日なので

なにゆえに私も父に贈らなかった息子が呉れし祝いのセーター

なにゆえに戦争法案について誰も触れないそうかあれはもう終わった話か

なにゆえに台風はペアで日本にやってくる1つでは本土上陸の確率が低い

なにゆえに小町通りは観光客で溢れる来たからにはここを歩かなくちゃと思って

なにゆえに頭の中が腐ってゆく肩代わりする細胞が生まれないので

なにゆえに内閣改造でちょろまかされるとことん阿呆な日本国民

なにゆえにすぐ国会を開かないんだ安倍蚤糞は海外逃亡

なにゆえに自分の頭をぼかぼか叩く「ファミリーナ宮下」は君のホームじゃないか

なにゆえに東京へ出かけるのが億劫なのかタコ壺の中が安楽なので

なにゆえに「携帯位充電しとけ」と利用者に言い放つお前は施設の職員じゃないか

なにゆえにお墓の始末は大変なのかそのうちみんな死んでしまうので

なにゆえにヤクルトはこんなひどい投手に投げさせるおかげで試合は滅茶苦茶じゃないか

なにゆえに総理大臣は外国で円をばら撒いてる国内問題をみな放置して

なにゆえにアサギマダラが空に舞う40年この地に住んだ御褒美かしら


 なにゆえにコメントを書いているとちょん切れるミクシは憎しミクシあほらし 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-31 11:47 | 詩歌

村上春樹著「職業としての小説家」を読んで 



照る日曇る日第825回

 この本は著者が初めて書いた「自伝的なエッセイ」です。

 いちおう小説家を志望する若者たちへの小規模な座談というスタイルをとっていますが、その中には著者がどのようにして突然小説を書こうと思い立ったのか、「ど素人」の青年が、どうやって処女作以下の作品を35年にもわたって書きついでいくことができたのか、などの「創作の秘密」を、彼の半生共々率直に述べていて共感を呼びます。

 特に印象的なのは、彼の処女作「風の歌を聴け」が「何も書くことがないということを書くしかない」と決意し、「何も書くことがない」ということを武器にして書かれた、と語られていることですが、

 もっと興味深いのは国内でバッシングを受けたあと、バブルに踊る混濁の故国を投げ捨てて米国に渡り、一新人作家としてNYの文学界にデビューし、国際的作家、世界作家へと飛躍を遂げていくくだりで、

 これを読んでいると、「快男児、♪男一匹海を渡るー」というような浪花節が口をついて出てきて、なぜか胸がキュンと鳴ってしまいます。明治以来自作が本国で売れなくても海外で売れるように徒手空拳で努力した日本人作家が一人でもいたでしょうか。

 ところで、村上春樹の小説を嫌う人は、それを好む私のような人間と同じくらい多くて、その理由を尋ねると、「文体や内容が軽佻浮薄」というのが多いようです。これほど独創的な文章を書く作家は、ざらにはいないのにね。

 しかし本書で著者がいうように、小説、そして現実の世界においても、「木が沈み、石が浮く」という逆転現象がしばしば起こります。

 既成の純文学作家の重厚長大風の格調高い文体が、次々に生起する現実とパラダイムの転換にいつの間にかついていけなくなったり、「一般に軽いと見做されていた語り口が、時間の経過とともに無視できない重さを獲得する」ことも往々にしてある例を、私たちは著者や保坂和志などの小説のなかに見出すことができるでしょう。

 彼らの小説はセロニアス・モンクやグレン・グールドの音楽のような普遍的なオリジナリティに輝きながら、1個の重い石のように川の上を流れています。


  木が沈み石が浮きグレン・グールドのように叫ぶ日がやって来た 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-30 13:34 | 読書

国立劇場で「通し狂言伊勢音頭恋寝刃」の千穐楽をみて



茫洋物見遊山記第190回


 久しぶりの歌舞伎を息子と一緒に半蔵門で鑑賞いたしました。

 演目は近松徳三の手になる「伊勢音頭恋寝刃」でこの劇場ではなんと53年振りの公演だそうです。

 寛政8年5月、伊勢国古市の遊女屋」油屋で地元の医者、孫福斎が仕出かした殺傷事件を題材にした狂言だそうですが、要するに名刀「青江下坂」を巡る争奪を横道また横道に逸れながら、延々と辿るのです。

 例によって登場人物のあれやこれやが私の粗放な脳髄には分かり難く、前半はかなり退屈したのですが、後半の大詰めにきて大復讐劇と大殺戮が巻き起こったので、ようやく頽勢を挽回して、意気揚々と4時間に亘る大公演の千穐楽を打ちあげることができました。

 名刀がじつは村雨のごとき妖刀であって、柄を握った主人公(中村梅玉)を誘導して次々に悪党共を斬ってゆくのを例のスローモーションでやるが最大の見どころで、この「青江下坂」が手元にあれば極悪非道の権力者に送り届けてやりたいと思ったことでした。

出演はほかに雁治郎、高麗蔵、東蔵などの中村一門で、光る役者は一人も居なかったずら。その後夜の銀座に出たら大通りに観光バスが止まっていて街は中国人の爆買一色。なんだかとても嫌な感じでした。

 息子の案内で資生堂ギャラリーにて小沢剛の「帰って来たペインターF」展を見ましたが、これは戦争中にインドネシアで従軍した架空の日本人画家「ペインターF」の戦前から戦後の生きざまを物語にして、絵画と映像作品に仕上げたもので、レオナルド藤田らしい画家が七幅の大画面に暗躍しています。史実とからめた作家のコンセプチャルな見立てが秀逸だったずら。

 次に小柳ギャラリーで開催中の内藤礼の個展を見たのだが、そこに並んでいたのはほとんどなにも描かれていない何枚もの白いキャンバス、そして雑誌の一ページを切り取ってしわくちゃにした人物写真だったので驚いた。

 こんなもののどこが作品であり芸術なのか。ただのゴミではないか。

 こんな人を莫迦にした羊頭狗肉に安からぬ値段がつけられ、それをこぞって買いあげたりしている異様な光景を目の当たりにして、私は頭に血が上り、我が腰にかの妖刀あればと歎シじざるをる得ない銀座の秋の夜だった。



 マカ不思議有名人物の名さえついてればただの紙切れが札束に化ける 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-29 14:38 | 美術

家族の肖像 その7~「これでも詩かよ」第160番



ある晴れた日に 第337回

「お父さん、虫歯の英語ってなあに?
「虫歯、虫歯の英語かあ、バッド・トゥースかな」
「バッドトース」
「そうじゃないよ。バッド・トゥース」
「バッド・トース」

「お母さん、よろしくお伝えください、ってなに?」
「ごきげんよう、のことよ」
「よろしく、よろしく、よろしく」

「ぼく、佐々木蔵之助ですお」
「佐々木耕君じゃないの?」
「違いますお、佐々木蔵之助です」
「佐々木蔵之助さん、こんにちは」
「こんにちは」

「ぼく、タカハシさんに『手とまってる』『やり直し』っていわれちゃったよ」
「そんなやつ、お父さんがやっつけてやる」

「お父さん、さらにってなに?」
「それに加えて、っていうことだよ」
「さらに、さらに」

「お母さん、けっきょくってなに?」
「ほんとうのところ、ってことよ」
「けっきょく、けっきょく、けっきょく」

「お母さん、フツウってなに?」
「フツウねえ。フツウ、フツウ、フツウは普通ってことよ。耕君、普通に戻ってみる?」
「ぼく、フツウに戻りますお」
「そうか。よし普通に戻るぞお、いち、にの、さん!」

「お母さん、宝物ってなあに?」
「一番大切なものだよ。耕君、お母さんの宝物って何だか分かる?」
「…………耕君だお」
「あったりい! それじゃあ耕君の宝物はなあに?」
「お母さんだお」


 ハロウィンなるかぼちゃ祭りを持て囃す軽佻浮薄な日本人かな 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-28 13:06 | 詩歌

ジョー・ジョンストン監督の「オーシャン・オブ・ファイヤー」をみて



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.936


 原題は「ビダルゴ」で、その名のアメリカの野生馬ムスタングにまたがった西部のカウボーイが愛馬ともども、なんとアラビアの大砂漠で大活躍するという血沸き肉躍る人馬一体の感動的な友愛物語です。

 西部劇と「アラビアのロレンス」を一体化したようなじつに不思議な味わいを持つ映画であるぞなもし。

 主人公は先住民の血が混じった騎手で、10万ドルの懸賞金欲しさにアラビア半島縦断の耐久レースに挑むのであるが、そこに族長のオマー・シャリフやら謎の美女やらアラブ馬の乗り手の妨害やら、ありとあらゆるスリルとサスペンスがてんこもありになっていて映画的感興に浸ることができます。


    「勝手にしろ」その一言で地獄の淵へ追いやられし人 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-26 10:52 | 映画

西部劇2本立ずら 



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.934、935


○ジョン・フォード監督の「モホークの太鼓」をみて

1939年製作の「カラー」映画ずら。

西部開拓時代の若い夫婦、ヘンリー・フォンダとクローデット・コルベールが助け合いながら逞しく生き抜いていく愛と冒険と感動の物語だが、そのなかにはもちろん先住民との命懸けの戦闘が含まれており、その先住民に対するいわれなき差別と偏見も内蔵されてはいるのだが、

どういうわけか編集の切れ味が鋭いために若い2人への熱い感情移入が行われてゆくのは摩訶不思議な映像体験で、これらは結局ジョン・フォードが撮って来たフィルムを自分勝手に切り刻んだ横暴で独裁的な大プロデューサー、ダリル・F・ザナックのなせる業だろう。


○アーサー・ペン監督の「小さな巨人」をみて

アメリカ人と先住民の間を行ったり帰ったりする主人公、そしてこの映画の存在はきわめてユニークで、これまで見たことがなかった。そのほとんどが先住民に誘拐された白人が土着民化されてそれっきりだったが、この映画の主人公はそのどちらにも嵌りきらない第3のポジションにあって、しかも激しく交通している。

 それにしてもカスター将軍とその配下の騎兵隊は先住民の女子供まで根こそぎ殺戮する凶悪な連中だったらしいが、その潜在化複合観念はいまなお北米大陸に生きる白人連中のどこかで生き延びているのだろう。

ダスティン・ホフマンと「今日は死ぬにはいい日だ」といってかっこ良く死ぬはずだった部族の長老「温かい水」の親子のような情愛が美しい。


 西部劇の嫌いな人は読んだりコメントしたりしないでくださいな私の下らぬ感想文に 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-25 10:33 | 映画

池澤夏樹編「河出版日本文学全集08」を読んで



照る日曇る日第824回


「日本霊異記」と「発心記」を伊藤比呂美、「今昔物語」を福永武彦、「宇治拾遺物語」を町田康が現代日本語にしているが、伊藤と町田のが断然面白い。

 なるほど古典の翻訳は10年ごとにやり直せと言われるだけのことはあるなあ。

 町田のは彼のこれまでの小説以上の出来栄えで、もはや原作のていを留めないほどにポップでパンクで自由奔放に暴れまくった平成版「宇治拾遺物語」に大変身しているが、かといってオリジナルからかけ離れたものではないのは、そもそもこの作品がそういう桁違いのお噺がてんこ盛りになっているからだろう。

 滝口道則が妖術で陰茎を取られてしまう噺、博打の子が財産家の婿になった噺、伴大納言が応天門を燃やした噺、猿沢の池の龍が昇天する噺、清少納言の父、清原元輔が落馬するは噺、ナマズが父親と知りながら喰った息子の噺、孔子が嘲弄される噺などなど、どれをとっても千夜一夜物語のように面白く、クイクイと読ませてくれます。

 ところで「発心記」は鴨長明の作とされているようだが、どうも違うような気がする。あんな道学者風の阿弥陀への帰依を「方丈記」の作者が衷心から行っていたとは軽々に信じられないのである。


  外出の時は新しい肌着を身につけるいつどこで何があるか分からないので 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-24 11:30 | 読書

偶には嫌いなミュージカル映画をみるずら



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.932、933


○ウィリアム・ワイラー監督の「ファニーガール」をみて

 オマー・シャリフがイケメンであることは間違いないとして、問題はバーブラ・ストライサンドが、彼が言うように、美人であるかどうかだが、その歌唱力が並外れているので、驚くべきことには、どうかするとファニー転じてビューチフルに見える瞬間があるということだ。

 ワイラーにしては凡庸な作品ずら。

○ハワード・ホークス監督の「ヒット・パレード」をみて

「A Song Is Born」という原題がどうして「ヒット・パレード」になるのかよく分からないが、ホークスらしく抜群に面白い唄うラブコメディである。

 なんでも1941年の旧作を1951年に再映画化したものらしいが、ダニー・ケイとヴァージニア・メイヨの主人公の周りにベニイ・グッドマン、トミイ・ドオシイ、ルイ・アームストロング、ライオネル・ハンプトン、チャアリイ・バアネット、メル・パウエル、ゴールデン・ゲイト4重唱団、ペイジ・キャヴァノ三重奏団の面々が素晴らしい演奏を繰り広げるのでたまらない。

 それにしてもヴァージニア・メイヨって妙な色気があるね。


  生協へ行きて一尾百三十八円のシャケ五匹買うほどの贅沢 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-23 16:54 | 映画

「神奈川県立美術館鎌倉館&別館」にて最後の展覧会をみる



茫洋物見遊山記第189回 &鎌倉ちょっと不思議な物語第356回


 鎌倉からはじまった。PART3を見物しました。もう何回もみた作品が並んでいてとても懐かしかったのですが、高村光太郎の「上高地風景」という油絵や、島崎藤村の息子、鶏二の「風景」、内田魯庵の息子内田巌の「少女像」、舟越保武の「萩原朔太郎像」などには、はじめてお目にかかりました。

 でも私の眼は、どうしても松本俊介の「自画像」や「立てる像」の修敏な暗さや佐伯祐三の色彩の輝き、古賀春江のモダンな「窓外の化粧」、暗欝な「サアカスの景」などの方へ走ってしまいます。

 ああ、天才はどうして若死にしてしまうんだろう。

 古賀選手最晩年の巨大な二枚は川端康成がこの美術館に寄贈したそうですが、当時こんな前衛的な作品をいち早く購入していた見識は只者ではありませんな。作者が死んだ年に描かれた絶筆の「サアカスの景」ではラクダが宙に飛ぼうとして飛べずにいるのが、まるで絵描き自身の進退窮まった姿のようです。

 今回はこれが最後ということで中三階にある別室に入ることが許されましたが、当館を建築した坂倉準三の手になる製図板、椅子、机なども置いてありました。

 あそうそう、彼はここの喫茶室も内部の造作もみな自分でやっていて、なかなか趣味が宜しい。空間を構成する手際に和的なインチメイトな感性をかんじます。

 三室を全部見終わってこれまで開催された展覧会のカタログなどをみていたら地震があった。しばらくガラスがミシミシ揺れてスタッフの女性が怯えていましたが、はしなくもここはまだ耐震対策を施していない建物であったことを思い出しました。

 本館の内部のあれやこれやをバチバチ写真に撮ってから別館へ行って「工芸と現代美術」展を駆け足で見物しましたが、魯山人やイサム・ノグチがおいてあった。魯山人はどこか山師みたいなところがあってあまり好きではありませんが、大ぶりの陶器などは気宇壮大なところがあって気持ちが良い。

 ノグチが広島原爆慰霊碑のためにつくったマケット(雛型)があったが、米国人故に使用されなかったそうですが、実現されていたらすごい仕上がりになったことでしょう。

 この展覧会は来年1月31日までやっているので、最後の最後のお別れにもういちど来てもいいかなと思いつつ妻と後にしました。


  天才は若死にするが鈍才はしぶとく生きる悔やんで生きる 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-22 13:56 | 美術

スタンリー・キューブリックvsサム・ペキンパーずら



○スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」をみて

 前半は鬼軍曹にしごかれる新兵たち、後半はベトナムに送り込まれた彼らが戦争の本当の悲惨さに直面する話に分かれている。
 
 前半のような光景はこれまで何回も映画化されてきたが、ここでは私のようにもっとも軍隊や訓練にもっとも不向きで不器用な男が、あまりにも非人間的な抑圧に耐えきれず、逆上して軍曹を銃殺してしまうところを描いている。

 このようないじめと悲劇は、わが帝国軍隊でも同じように、いなもっと陰惨なかたちで繰り返されてきたに違いない。

 後半でも死ぬ必要もない若い命が、大義なき戦争のただ中でまるでむしけらのように死んでゆく。

 遠からずわが国でも始まる新しい戦争においても、ここでキューブリックが描いたと同じ地獄が再現されていくのだろう。


○サム・ペキンパー監督の「戦争のはらわた」を読んで

 第2次大戦末期のドイツ軍の最前線で繰り広げられる壮絶な戦いの裏の人間ドラマを描いているが、ラストの演出の切れ味が鋭い。

 裏切られた卑劣な宿敵を殺しておわりかと思えたが、それでは勧善懲悪の仇討ちになってしまう。そこでペキンパーが考えたのは、怨執念恩讐を超えて死んだつもりでソ連軍に突撃してドイツ魂を見せつけようということだったが、考えてみればなんのことはないお馴染みのわが特攻隊の絶望的蛮勇の精神世界ではないか。

 されどその時早く、かの時遅く鳴り渡る「蝶々蝶々菜の葉にとまれ」の童歌が惨劇を喜劇に転化する。この手法って黒澤の「八月の狂詩曲」に似ていなくもない。



 かくなるうえは「あの人まだ生きているの」と言われるほどの意地悪爺になってやる 蝶人
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by amadeusjapan | 2015-10-21 10:50 | 映画

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
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