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晴風万里

オタマジャクシはカエルの子

バガテル-そんな私のここだけの話op.167&鎌倉ちょっと不思議な物語第285回

2週間ほど自宅の水盤で飼っていたオタマジャクシを細君と一緒に太刀洗へ行って元の水たまりに放してやった。本当は現地のオタマジャクシが事故で絶滅したりした際に備えて毎年こうやって最低数の個体を確保しているのであるが、日当たりのよい東側の窓辺に置いたのでどんどん成長してしまい、なかには手足が伸びて水盤の外に出ようとする元気のいいやつも現れたから、これは已むをえない処置であった。

朝夷奈峠を登りはじめると、たくさんのカラスがぎゃあぎゃあとうるさく鳴きながら飛んでいた。私はミズキの木の上から私たちの登場を警戒しながら見守っている彼奴等に礫をお見舞いしてやったが、かつての左腕のエースも腕がなまって当たらない。

カラスは逃げようともせず私を嘲笑うようにガアガアと鳴き騒ぐ。私は自分が手塩にかけたオタマジャクシを、彼奴等がもしやムシャムシャと食っているのではなかろうかと心配したが、それは杞憂であったらしい。数百匹いたオタマは数こそ減ったが、だいぶ大きくなって健在だったので胸をなでおろした。

朝夷奈峠にはむかしからヒキガエル、ヤマアカガエル、ツチガエルの3種類のカエルが自生していているが、産卵に適した流れの無い水たまりがなければいくら交尾しても子孫を残すことはできない。

そこで私は毎年1月の末に家からスコップをかついで峠道を登り、枯れることの無い小さな泉にたまった落ち葉を丁寧に掻きだし、その周辺の水たまりを深く掘って雨水がたまりやすくしておいてやる。すると春にはまだ早い2月の中旬のある日、草むらや地面の下に冬眠していたカエルたちがその泉や水たまりにぬるぬるした灰色の卵を産みつけるのである。

ことしはヒキガエルとヤマアカガエルが3ヶ所で産卵してくれた。


うかうかと浮かれ出けるアゲハチョウまだ春浅き朝夷奈峠に 蝶人



オタマジャクシはカエルの子 後篇

バガテル-そんな私のここだけの話op.168&鎌倉ちょっと不思議な物語第286回


今から10年ほど前のある日、突然このヒキガエルの雌雄が10匹ほど峠道の水たまりに現れて見境なしに交尾していたことがあった。

「ぐええ、ぐええ」と奇声を上げながら雄が雌を追いかけまわし、背後からのしかかる異様な春の祭典を半日がかりで楽しく見物したものだが、そのあとには大量の卵が産み残され、なかにはちょん切れてひものようになったのもあった。

しかし時ならぬ春の祭典はたった1日で終わり、交尾軍団はその翌日からは杳としてその行方を絶つのである。

残されたヒキガエルの卵は人の腸のように長く繋がっていて、ゼラチン状の箱の内部には孵化する前の黒い卵がひとつずつ眠っている。ヤマアカガエルの卵は円錐状の小さな透明の山のようになったゼラチンの中に、ヒキガエルよりもうんと小さい黒点が入っているのだが、この黒い点が♪オタマジャクシはカエルの子、のお玉になるのである。

彼らがなぜか単独行を好まず、常に仲間とひとつところに凝集するのは、孤を嫌い衆になずむわが大和民族の性癖に似てまことに不愉快だが、狭い水域に一目数百匹という高密度で蠢くオタマジャクシは頭を軸にしてゆらゆら動き回って愛らしい。

しかし無数とまで思われたオタマジャクシも、カラスやヘビ、そして最大の天敵である人間どもの手にかかってどんどん数が減ってゆく。

人間たちの中には彼らの生育環境を無視してオタマジャクシを自宅へ持ち帰って無惨な最期を迎えさせたり、オートバイや4輪駆動車で野原に侵入して泉や水たまりもろとも殺戮を恣にする凶悪犯がいるので油断できない。

けれどもよしんば獰猛なる殺人鬼の魔手から辛うじて逃れることができたとしても、肉食の彼らにはカツオブシなどの好個の餌がてぢかにないために、生き延びるための共食いという死と恐怖の通過儀礼が待ち構えている。

親ガエルの産卵以来オタマジャクシが晴れて小さなカエルとなって水たまりを離れるのはおよそ半年後だが、その確率は極めて小さく、おそらく200に1の割合だろう。

その奇跡の1をあらしめるためには、毎年三角形の底辺部が途絶することなく維持され、出来得べくんば豊かに富ましめて保たらねばならぬ。かくして余のオタマジャクシ存続活動は細く長く、およそ30年の歴史を閲したのであった。


百千のオタマジャクシが陽に向かい「早くカエルになりたい」と叫ぶ 蝶人



by amadeusjapan | 2013-05-26 09:45 | 鎌倉案内

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
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