人気ブログランキング |

晴風万里

2010年 08月 13日 ( 1 )




ナボコフの「賜物」を読んで



照る日曇る日 第362回

ナボコフといえば「ロリータ」しか知らなかったが、これは回想も小説もロシア、ソヴィエトの社会思想史も味噌も糞もなにもかも詰め込んだ一大ごった煮大河長編である。

いちおう主人公はいて、随所で帝政末期の社会思想家チエルヌイシェコフスキーの思い出話や交友録をやらかすが、全編の中での位置づけは読めども読めども霧の中、はたしてこの難破船はどこへ行くのやらと首をかしげているうちに600ページの終わりに到達してしまうというげに奇妙奇天烈な読み物なり。

文中ゲルツエンやドストエフスキーやツルゲーネフやレーニンの話まででてくるので文学趣味やらロシア好きの人にはお薦めできるが、さてそれでは作者はいったいなにをいいたいのかと考えてみるも、その答えは吹きすさぶロシアの憂愁の風の中にしかないのだ。

よって、このけったいな文学的アマルガムを、苦し紛れにロシア風味のプルーストとかジョイスとレッテルを貼る自称ヒョーロンカがいても不思議ではないだろう。

そんな迷走小説のなかで私が惹きつけられたのは、作者の2代続きの蝶への偏愛であり、人類よりも鱗翅目を好む私は、ロシアのシロチョウの渡りや、少年の肩に止まるタテハチョウについての素晴らしい記述にうっとりと耳を傾けたことだった。

例えば第2章の次のような文章を読んでほしい。

「青い空を移動する細長い帯は雲かと思うとじつは何百万ものシロチョウの群れで、丘を越えてやわらかに滑らかに昇っていったかと思うと、今度は谷の中に沈んでいき、たまたま別の黄色いチョウの雲に出会うことがあっても、ためらうことなくその中に入り込んでみずからの白を汚すことなく先へ先へと漂っていき、夜が近づくと思い思いの木々に止まり、木々は朝までそのまま雪を振りかけたようになる。そしてシロチョウたちは、また飛び立って旅を続けるのだった。」

普通の作家ならこれで文を閉じるだろう。しかしこれに続けて、

「でも、どこに向かって? 何のために? その問いに対する答えは自然によってまだきちんと語られてはいない。」
と書いてしまうところが、いかにもナバコフだと思うのである。


空高く青に溶け入る2羽のシロチョウ 茫洋



by amadeusjapan | 2010-08-13 07:15 | 読書

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

以前の記事

2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月

最新のコメント

sukebass117..
by amadeusjapan at 11:47
コメント失礼します。 ..
by sukebass117 at 14:39
こんにちは。 私も汐留..
by desire_san at 23:10
santiargonさ..
by amadeusjapan at 14:18
明白な輪郭も色彩もなく、..
by santiargon at 13:54
santiargon さ..
by amadeusjapan at 11:21
desire_sanさん..
by amadeusjapan at 11:19
こんにちは。 私も六本..
by desire_san at 06:39
埴谷雄高の『自動律の不快..
by santiargon at 04:23
こんにちは。 私も六本..
by desire_san at 13:23

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

ファン

ブログジャンル

画像一覧