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晴風万里

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「神奈川県立美術館鎌倉館」を美術館として保存しよう!




鎌倉ちょっと不思議な物語第316回& バガテル-そんな私のここだけの話op.178

風薫る皐月となったが、鎌倉の鶴岡八幡宮が所有する土地に立つ世界の名建築、神奈川県立美術館鎌倉館が危急存亡の淵にあることは、テレビ、新聞、ネットで報道されているとおりである。

八幡宮と県との借地契約が2年後に切れる同館を、財政難の神奈川県は閉館、解体し、地主に更地で返還しようとしているのだからこれに反対せずになんとしようぞ。

私はこの建物が、ル・コルビュジエに支持した坂倉準三が1951年に建てた「現代建築の源流」でなくとも、その後背地の平家池と見事に調和したこころなごむ静謐でかけがえのない空間であるという理由だけで、この場が地上から永久に失われることに反対しているのだが。

鎌倉市はユネスコの世界遺産登録をめざして狂奔しているが、そんな愚にもつかない運動よりも、とんでもないあほばか方針を打ち出している県当局を説得して、半世紀以上も市民のみならず観光客に大いなる感動を与え続けてきた、この貴重な歴史的、文化的、精神的遺産を解体させないために、体を張って?抵抗してもらいたいものだねえ。

さいわいにも本年2月、内外の有識者からの抗議の声に押されて、神奈川県と鶴岡八幡宮は、その保存に向けた調査を(費用を折半しながら)4月から開始しているが、なんとか同館の地下に眠る中世鎌倉の遺構を破壊せずに、耐震工事が可能な道を見いだして、この名建築の生き残りを図ってもらいたいものである。


なにゆえに本邦屈指の美術館を取り壊す八幡宮に祟りがあるぞよ 蝶人



by amadeusjapan | 2014-05-13 10:35 | 鎌倉案内

江戸東京博物館にて「明治のこころ モースが見た庶民のくらし」展をみて



茫洋物見遊山記第144回&勝手に建築観光第53回

モースは江ノ島で三味線貝を採集したり、大森貝塚を発見したアメリカの民俗学者はと思っていたのだが、それだけではなく明治時代に三回も来日して当時の民衆が使っていた品々や衣食住遊休知美にまつわるありとあらゆる道具や商品や文物を根こそぎ収集していた「偉大なるコレクター」でもあったことを、私ははじめて知って驚いた。

そこには庶民の衣服、台所道具からはじまって歯磨き、お歯黒、簪、煙草入れ、職人の大工道具、建具、店の看板、私の少年時代の好物であった金平糖やイナゴの甘煮、真っ黒に塗りつぶされた子どもの手習い帖や鳥かごまでが所狭しと並んでいる。

しかし祖父が興し父母が継いだ履物屋の三代目に当たる私がいちばん注目したのは、もちろんモースが集めた一三〇年前の下駄で、土が付いた小振りのそれを眺めていると、この国に洋靴など一足もなくて丹波の山奥でも飛ぶように売れた幼時の思い出が走馬灯のように霞む老眼を過ぎった。

モースは当時の下駄屋の写真も撮っているが、それは八百屋や駄菓子屋と同様に見事に陳列されており、この見事な店頭ディスプレイこそ現代にまで続く日本的ⅤMDの源点に鎮座ましましていることは疑いを入れない。

さらにもうひとつ私が感嘆したのは、庶民が普段使っていたと思われる明治時代後期の手拭で、それは単なる一枚の手拭いであるにもかかわらず、そこに施された月に雁、瀧に鯉などの秀抜な柄模様は、現代にも通用するじつにモダンで粋なセンスが横溢していたのだった。

モースは当時来日していた英国人のアーネスト・サトウと同様大の日本びいきで、「日本その日その日」を読むと彼のこの国の人々の暮らしぶりとその文化への愛が率直に披歴されていて快い気持ちに浸れる。

しかしモースの目には、明治の子供や民衆は世界中でもっとも幸福な人種と映ったかもしれないが、その同じ人々が御一新後の急激な社会変革に取り残され、貧富の差に苦しむ不幸な人々でもあったことは、同時代の樋口一葉一家の悲惨な末路、松原岩五郎の「最暗黒の東京」、横山源之助の「日本の下層社会」の視線から眺めれば、おのずと別の感慨もわいてくるというものである。

彼のお陰でこのように貴重なコレクションを今日の私らが目にする幸運に巡り合わせ、それが諸国民の宝物となりおおせたことに深甚なる感謝の念を抱いているとはいえ、その反面、彼が後輩のフェノロサが本邦の美術品に対して行ったと同様の文化財海外持ち出しに血道をあげたことを面白くないないと思う心も持ち合せている、というのも私の偽らざる心境である。

なお本展は、私が死ぬほど嫌いな、見ると吐き気がするほど嫌いな、本邦で最悪最低の建築家、菊竹清訓の手になる江戸東京博物館にて、来たる12月8日まで開催中です。


秋日和被災地の犬と遊びけり 蝶人


*毎日短い詩を書いています。よろしければフォローしてくださいな。
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by amadeusjapan | 2013-11-25 10:37 | 建築

神奈川県立近代美術館鎌倉の「実験工房」を見て



茫洋物見遊山記第112回&鎌倉ちょっと不思議な物語第276回

久しぶりにここを訪れるとほっとする。どんな展覧会であろうが、周囲の環境と見事に調和した坂倉準三設計の美しい建物なので、こころはつねによろこびにみたされるのである。

 しかし噂によるとこの美術館の地主である鶴岡八幡宮が神奈川県に立ち退きを迫った結果、当美術館は数年後に撤退し、少し離れた場所にある分館(超狭い!)と葉山館(超遠くて不便であまりデザインが良くない!)に集約されるという。

 そりゃあ地主だから出て行けという権利はあるのだろうが、いったいこのわが国有数の芸術品のような美術館を鶴岡八幡宮はどうしようというのだろう。まさかぶっこわして結婚式場にするというんじゃあるまいな。

 神様に歯向かうのも業腹だが、ともかく地主は天下の名建築を永久保存する義務と責任があると思うし、それは現状の美術館というかたちがもっともふさわしい。八幡宮と神奈川県はよく話し合って最善の解決を見出すべきである。

 ということで展覧会の感想どころではなくなったが、現代芸術の扉を開くエポックとなった大辻清司、北代省三、駒井哲郎。福島秀子、山口勝弘、武満徹、湯浅譲二、園田高弘、秋山邦晴などの前衛的な芸術活動の一端を偲べる興味深い作品が目白押しだった。

*なお残念ながら本展は本日24日までです。

さようならさくらもひともたてものもみんなみんなきえさってゆく 蝶人



by amadeusjapan | 2013-03-24 09:47 | 芸術

スタンリー・ドーネン監督の「パリの恋人」を見て



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.336&ふぁっちょん幻論第72回&勝手に建築観光第51回

トップシーンからして不愉快で鼻もちならない映画だ。「ピンクで統一するのよ」と突如思いつくヴォーグ風編集長(実際にこういうアホ馬鹿人間は20年前にも大勢いた)やNYの古書店に事前の許諾なく撮影に押し掛けるアベドン風カメラマンの横暴さに、1957年当時のふぁっちょん業界の肩で風切る偉そうなポジショニングが示されているが、ふぁっちょんが時代の先頭から脱落して後塵を拝するようになるとともに、こういう傍若無人な振る舞いが姿を消したのは同慶に耐えない。

この映画では目にも綾なジバンシーの所謂トップファッション!が続々と登場するが、平成の御代にひそと棲息する我等の目には、それらの華麗な衣装の輪郭があまりにも際立ち、色彩が強烈であることに違和感が先に立つので、これらが名匠による歴史的名品であることを忘れてしまいそうになる。いわば異様な服がまっとうな人間らしさを圧倒して、過剰に自己を主張しているのだ。

完璧なヘアメイクと共に変身したヘプバーンの艶姿よりも、彼女が冒頭の古書店で来ていたシンプルな黒のデイウエアのほうがよほど美しくファニーフェイスの彼女に似合っていることに、当時は誰ひとり気付かなかったのである。

「パリの恋人」以来半世紀が経過し、数多くのデザイナーが数多くの特色を秘めた数多くの服飾の作品を製作し、それはいまなおパリやミラノや東京のコレクションで発表されつづけているが、それらの大半は依然としてこの映画のジバンシーのような「服じゃ服じゃ」という人間無視の異様な服の開発にいそしんでいるのは恐るべきことであり嘆かわしいことでもある。

近代の洋服は人間の美や機能に奉仕しようと闡明しながら、結局は人間の個性を覆い尽くす結果に終わった。あくまでも服が主で人が従であった。これに反して現代の優れた洋服は服の主張を放棄して、あくまでも人間の自己主張に異なって奉仕しようとする。人間の自由のためには、服は服としての主張を控え、おのれを溶かし、その姿を消そうとさえすべきなのだ。

「露わな服から、溶ける服、消える服へ」「地上樹ふあっちょんから地下茎ふあっちょんへ」というこの考え方は、最近の建築にも共通している。電通の汐留ビルを設計したジャン・ヌーヴェルのコンセプトは「見えない建築」であるし、実際に2012年のベネチア国際建築展では触れれば崩れる脆い建築がグランプリを獲得したように、平成末期のふあっちょんもそのように「自己否定的に自己の存在意義を訴える」ようなスタイルに急速に変遷していくだろう。

そしてこの「全く目立たないようにして目立つ」という常識をふあっちょんの退化や腐敗堕落と受け止めて反発したり、パリコレや東コレなぞで妙にぐあんばってしまう「反動的な」クリエーターやデザイナーたちは、石原や橋下虚妄政治と同様、時代の挟雑物として大衆から早々に忘却されてゆくのであるんであるんであるん。


季語の無き俳句を憎む俳諧師 蝶人



by amadeusjapan | 2012-11-02 09:06 | 映画

磯崎新著「気になるガウディ」を読んで



照る日曇る日第532回&勝手に建築観光第50回

「眼高手低」とは私が磯崎新につけたキャッチフレーズ。建築にかんする蘊蓄を語らせたらこの人の右に出る者はいないが、実際に作っている作品が口ほどにもないのがこの本の著者である。

しかし、ガウディ建築は不合理にあらず。それを基底で支えたのは「カタルーニャ・ヴォールト」という薄肉レンガ工法で、これによって建築家は型枠不要で限りなく平面に近い曲面を自由自在に造形することができた、

などと説かれると、さすが磯崎と膝を打ちたくなるし、もはや故人の意図とはかけ離れたところで観光目的で突貫工事が進んでいるサグラダ・ファミリア聖堂はそのまま未完成で放置せよという所説にも説得力がある。

著者によればガウディの最高傑作は1904年から6年にかけて建てられた「溶けてゆく家、カサ・バトリョ」だそうで、本書に添えられた写真を見ると屋外ではぬらりとした鱗のような屋根瓦の上をドラゴンの背骨が蛇行し、室内では柔らかなマシュマロのような質感の天井や壁が琴瑟相和して優しいハーモニーを奏でている。

ふーむ、するてーとこのカサ・バトリョの「溶けゆく家」というコンセプトを密輸入したジャン・ヌーヴェルが、あの下らない汐留の電通本社ビルをおっ立てたわけか。恐らくヌーヴェルはいわく言い難い後ろ暗い所業に手を染めているに違いないこのメガエージェンシー全貌を、外部からは簡単に見分けられないようにしようと企んだのである。


東電のコンクリートの電柱で朝も早よからミンミン鳴くなり 蝶人



by amadeusjapan | 2012-08-19 09:03 | 読書

根津美術館で「KORIN展」を見て



茫洋物見遊山記第87回&勝手に建築観光第49回

そろそろ会期も終わりに近づいたので、意を決して南青山まで重い足を運んできました。だいたいこの度の改築を設計した隈研吾という男を私はまるで信用していないし、本展のタイトルのコーリン鉛筆みたいな表示も気に喰わないので、いっそ出かけるのはよそうかとまで思いつめていたのですが、やはり光琳の「八橋図」と「燕子花図」は底抜けに素晴らしかった。いずれがあやめかかきつばた、とはこういう組み合わせをいうのでしょう。

どちらも六曲一双の金地屏風ですが、翠藍の配色の美しさと律動的な配列がもたらす心理的な諧調が絶妙で、いついつまでも眺めていたい気持ちに駆られます。

1世紀ぶりに並んだ双方を比べてみると、向かって右側の「燕子花図」は燕子の花と葉の色がやや重厚で、モーツアルトの後期の交響曲にたとえるとパセチックなト短調k550、左側のたらしこみのある8つの橋と共に描かれた「八橋図」は表向きだけは軽やかなハ長調k551という趣でしょうか。

右から第1、第2扇と流れる宙空に浮かんだ燕子が、生きるよろこびをうたう4つの楽章のように見えてくるから不思議です。これこそ日本が世界に誇る最高傑作、われらの心の永遠の宝でありましょう。同じ光琳の「夏草図屏風」も見るたびに新鮮で、中央の立葵が、あたかもゴッホの向日葵のような生命の輝きをわれらに送って寄越すのでした。

しかししかし、最後にとっておかれた最大の驚きは、なんと酒井抱一の大作「青楓朱楓図屏風」でした。その朱色と薄緑色の取り合わせの衝撃は、構図の大胆さと相俟って、色彩がこれほど恐るべき魔力を放射したことはかつてなかったのではないでしょうか。ああ極楽極楽。これでよい死土産ができました。

 余談ながら、昔の根津美術館はいつでもひとけがなく、ひっそりしていて、私は常設展示の良寛の書を見るのが好きでした。裏門から入って木造低層の玄関口までわずかな勾配を辿ってゆくと何故かディーリアスの音楽が聴こえてくるようでしたが、今度の改築はそんな私のささやかな心の贅沢をすべてぶち壊しにしてしまい、かつて私がひそかに逢い引きを楽しんでいた奥の日本庭園もいまでは有料になってしまいました。

ほんとにセンスが悪くて才能が無いアホ馬鹿建築家には困ります。先日亡くなった菊竹清訓の醜悪無比なデザインのお陰で私は二度と江戸東京博物館には行けないでしょうし、六本木ヒルズも同様。こういう美意識を無視した無神経な悪しき建築による弊害の責任は彼奴がくたばったとしても半永久的に続くのです。

当美術館の竹林の趣向にしても、隈研吾が2003年に青山梅窓院で試みたと同じ京都料亭風エントランスのクリシエですが、こういう安直で陳腐な仕掛けが果たして一流建築家の仕事といえるのでしょうか。内装だってうちの近所の工務店の方がもっと安価にもっと上手にやるでしょう。

松竹本社ビルといいサントリー美術館といい、この人の小賢い、ちまちました、折衷的なしのぎのテクニックは、そこを使う人の心を曇天の悪性ウイルスのように汚染するに違いありません。私はあえて1991年のM2の精神に立ちもどれ!と言うてやりたくなりました。

雲雀歌い燕子咲けども君在らず東京青山根津美術館 蝶人



by amadeusjapan | 2012-05-10 11:21

マイク・ニコルズ監督の「ワーキング・ガール」を見て



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.211&勝手に建築観光第48回&ふぁっちょん幻論第68回

1988年公開のアメリカ・キャリアウーマン格闘物語であります。

メラニー・グリフィス扮する低学歴のウオール街のオフィスガールが、上司のシガニー・ウイーバーの陰謀をハリソン・フォードと結託して打ち破り鼻をあかすという他愛もないサクセウスストーリーだが、この頃はまだ国や個人の未来の成長への夢があったことに驚かされる。

ドラマの内容はともかく、今は亡き世界貿易センタービルの威容や、バブルが沸騰するアメリカの女性のビジネス環境とファッション&ライフスタイルを懐かしく回顧することができる。

メラニー・グリフィスなどの一般職は、ど派手なメイク、クジャクが羽をおっぴろげたようなカーリーヘア、肩パッドの入ったビッグシルエットのジャケットという出で立ちだが、一流大学出役のシガニー・ウイーバーはショートヘア、シンプルなアルマーニ風スーツでびっしっと決めているのが興味深い。

 また世界貿易センタービルは、インド・イスラム建築を代表するタージ・マハール寺院の立柱にインスパイアーされた日系アメリカ人ミノル・ヤマサキによって設計されたが、その名建築が、この映画が撮影された5年後に狂信的なイスラム教徒のよって爆破された。アジアの知性がアングロサクソンに注ぎ込んだイスラムの叡智が、同じイスラムの憎悪に燃える血に因って解体されたことは、もっと興味深い歴史の皮肉である。


イスラムの文化遺産の末裔をイスラムびとが自爆させたり 蝶人



by amadeusjapan | 2012-03-04 12:49 | 映画

県立近代美術館で「シャルロット・ペリアンと日本」展を見て



茫洋物見遊山記第75回

本邦では初、そしてニュヨーク近代美術館、巴里私立美術館に次いで世界で3番目に設立されたこの鎌倉の公立公共美術館であれやこれやの展示を見るのは、小生のこよなき喜びですが、小春日和の今日はシャルロット・ペリアン嬢のインテリア展を見物する機会に恵まれ、有り難く天に感謝を捧げたことでした。

シャルロット・ペリアン選手は1903年に巴里に生まれたのデザイナーで、ル・コルビジュのアトリエで、インテリアの苦手なこの大建築家のアシスタントを務めていたキュートな女性です。

同じアトリエでわが国の前川國男、坂倉準三とも同僚であった彼女は、1940年のヒトラーに因るパリ陥落のまさにその日に祖国を去って、客船白山丸で来日、わが国商工省の輸出工芸指導顧問として破格の高給で迎えられ、東洋と西洋を衝突・融合・再編集する、当時としては異色のデザイン世界を創造しました。

特に河井寛次朗郎、柳宗悦などわが国の「民藝」運動の推進者との出会いによって竹や木などの自然素材の特性を生かした机や長椅子や家具や調度品が次々に誕生し、それらは1941年に高島屋で開催された「日本創作品展覧会」を通じて全世界に発信され、住宅内部装備のデザイン革新に後々まで大きな影響を与えることになったようです。

46年の帰国後も彼女と日本デザイン界の密接な関係は坂倉準三との交友と共に長く続き、99年に死去するまで53年の「コルビジュ、レジェ、ペリアン3人展」や日仏のエールフランスのオフィスデザイン、在仏日本大使館のインテリアデザインなど数多くの優れた成果を残し続けましたが、そんなことはどうでもよろしい。

会場を入ってすぐ左手に陳列されている秋田の竹を使って精巧繊細に仕上げられたいくつかの小さな簾(すだれ)を見るだけで、当時弱冠38歳だったこのデザイナーの類まれなる才能が誰の眼にも明らかでありましょう。



おいらはイサムノグチの提灯なんて要らないけれど、あの簾だけは欲しい。欲しい。欲しい。蝶人



by amadeusjapan | 2011-12-15 15:43 | 芸術

細馬宏通著「浅草十二階」を読んで



照る日曇る日第469回

最近東京の下町に東京タワーよりもぐんと高いジャックの空の樹というけったいな塔が出来るというので世間ではらあらあ騒いでいるようですが、明治23年11月に浅草に凌雲閣別名浅草十二階が完成したときはそんななまやさしいものではなく、明治一の高塔、東都のエッフェル塔にして至高のランドマークということで、江湖の話題を独占したそうです。

当時は世界でも珍しかった本邦初の電動式エスカレーターを装備し、鳴り物入りでオープンした十二階でしたが、ひとの噂も七五日。明治百美人写真の展示や演芸場のにぎやかしで集客を図りますが、やがて閑古鳥が鳴き、大正十二年九月の関東大震災で倒壊してしまいます。

本書はその浅草十二階がどのような経緯で建てられ、当時の文学者たとえば田山花袋、石川啄木、島崎藤村、北原白秋、木下杢太郎、江戸川乱歩などがこの地上一二階、高さ一七二尺(約五二米)の高塔についてどのような感想を抱いたかを論じるとともに、その社会思想的な意義について興味深い考察を行っていますが、著者が紹介している乱歩の言葉のように「どこの魔法使いが建てたのか実に途方もないへんてこりんな代物」であったこの高塔の謎は、追及すればするほど深まっていくかに思えてなりません。


卑小なる己を神に擬しいと高きところめざす者に呪いあれ 蝶人



by amadeusjapan | 2011-12-02 09:45 | 読書

横浜銀行由比ヶ浜支店跡を訪ねて



茫洋物見遊山記第70回&&勝手に建築観光第45回&鎌倉ちょっと不思議な物語第250回&


鎌倉文学館ツアーの途中で、窓や外装に施したアールデコ風のデザインが印象的な、古くて懐かしい小さなビルジングに出会いました。ちょうど芥川龍之介が亡くなった昭和二年に建てられた横浜銀行由比ヶ浜支店です。昭和一二年に死んだ中原中也もきっとこの銀行を利用したことでしょう。

このビルは大佛様に向かう道など五本の交差する場所に立っていて有名な長谷の六地蔵もこの近所にあり、この界隈のちょっとしたランドマークの役割を果たしています。

私のなけなしの貯金はぜんぶ横浜銀行に預けてあります。こんなお洒落なオフィスなら、駅前からざわざわここまで足を運んでも利用しても構わない、とさえ思うのですが、残念ながら現在はその名も「ザ・バンク」というバーに姿を変えてアルコールを一滴たりとも口にすることを医師から禁じられている私には無縁の存在と化しているのはちょっと残念でした。

鎌倉でお洒落な銀行といえば、お洒落とは無縁なビジネスを展開している三井住友銀行が、最近若宮大路にモダンな外装の支店を開設したのですが、よくよく見ればそれは倒産したラルフローレンの直営店。おされと言わんよりは、弱肉強食を地でいく買収劇の残骸なのでした。


鎌倉では生き残れなかったねラルフローレン 蝶人



by amadeusjapan | 2011-11-12 15:02 | 鎌倉案内

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
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