人気ブログランキング |

晴風万里

タグ:絵画 ( 24 ) タグの人気記事




上野の都美術館で「ターナー展」をみて



茫洋物見遊山記第145回&「これでも詩かよ」第47番&ある晴れた日に第180回

「ターナー、ターナー、ターナー」

ターナー、ターナー、ターナー
ターナー、君はおそろしく古臭い。

君はまるで銭湯の書き割りのような絵を描く。
遠近法の三角形で構成された画面の遥か彼方には、高い山が聳えていて
山顛から流れ下った清流が、盆地の中をくねりながら流れている。

ターナー、ターナー、ターナー
ターナー、君はとても懐かしい。

微かに聴こえる歌舞音曲の響き
一本松やシトロンの木の下では、善男善女がしめやかに踊っている。
それは遠い昔の、遥かな土地の懐かしい思い出。

ターナー、ターナー、ターナー
ターナー、君は非常に新しい。

君は書き割りの絵にも飽きて、姿も形もない絵を描こうとする。
でも、もともとデッサンより色彩の扱いが得意だった君だから
それは、思いのほか楽しかっただろう。

ターナー、ターナー、ターナー
ターナー、君はおもしろい。

君は保守本流にして異端の冒険家
荒野のバガボンドにしてアカデミーの泰斗
君は古臭くて、懐かしくて、新しくて、おもしろい。

*なお同展は来る12月18日まで開催中です。


ターナーが使いしヴァーミリオン、ネービーブルー、クロームイエロー、豚の膀胱に包まれてあり 蝶人


*毎日短い詩を書いています。よろしければフォローしてくださいな。
http://page.mixi.jp/view_page.pl?page_id=306433



by amadeusjapan | 2013-11-28 09:46 | 美術

鎌倉八幡宮の「雪洞祭」をみて



茫洋物見遊山記第134回&鎌倉ちょっと不思議な物語第291回

毎年鎌倉では、立秋の前日から9日までの間、鎌倉市内および近辺在住の文化人らの書画をぼんぼりに仕立て、約400点が展示されます。

その期間中、夏越祭・立秋祭・実朝祭がとり行われるのですが、夜間には雪洞(ぼんぼり)に灯りがともされ、境内が幻想的な雰囲気に包まれます。

いつもは所用に取り紛れて会場の鶴岡八幡宮を訪れることはできないのですが、今年はたまたま長男がケアホームに入所してくれたおかげで妻と次男の3人でそぞろ歩きながらあれやこれやの作品を見物することができました。

400点と言ってもその大半がきゃまくらゆかりの芸能人や自称他称文化人、有名人の悪戯書きの類ですが、中には北鎌倉在住の俳人前川佐重郎氏の俳句書き下ろしなども混じっていていわば玉石混淆の楽しさがあります。

最近亡くなられた日本画家の小泉淳作氏の作品がみられないのはまことに残念ですが、幸い1938年以降の作品は鶴岡文庫に収められ、今年は里見弴、永井龍男、土方定一、小倉遊亀、荻原井泉水などの物故者による昭和25年度分の雪洞を見ることができました。

鎌倉におもしろき趣向は数々あれど、盛夏の夜を彩る雪洞祭りこそその幽玄美の最たるものであらう。



青山の独り暮らしのマンションで骨とスープになりしモデルよ 蝶人



by amadeusjapan | 2013-08-11 09:17 | 鎌倉案内

東京新宿の東郷青児美術館で「ルドン展」を観て



茫洋物見遊山記第121回

私は東郷青児が好きではないし、損保ビジネスにもてんで興味がないし、ここに麗々しく飾られているゴッホの「ひまわり」は何回見ても真っ赤な偽物としか思えないので殆んど来ることもないのだが、オディロン・ルドンは嫌いではないので、五月のある晴れた日に足を運んでみた。

誰でも毎晩夢を見ているはずだが、朝になるとその大半が忘れ去られてしまう。
しかし「起きて半生、寝て半生」。フランスの詩人ジェラール・ド・ネルヴァルが「夢は第二の人生である」と喝破したように、我々の人生の半分は夜と共にあるのだから、夢の世界で妖しく蠢いているこの茫洋としたおのれを追跡し、追体験し分析しない限り、自分という存在の全貌はついに明らかにならないだろう。

そこで夢の方法的制覇を志したフロイトやヴァレリーやネルヴァルとともにルドンは、この広大で未開の夜と夢の謎の世界の探求に乗り出したという訳だ。

ルドンは黒の詩人であり、黒に無限の夢と幻影を見た人である。会場狭しと並べられたリトグラフの黒は、単なる黒い色ではなく、その黒の奥底に万物の始原である「玄」の世界の彩りを湛えた無限の色彩を内包した黒なのだ。

だからこそ彼がいったん黒の画筆を投げ捨てて色彩に向かう時、その青や緑や赤や紫は事物の本性に裏打ちされた輝きを放つ。しかし眼を閉じたオフィーリアの瞼の裏に浮かび上がった万華鏡のような華麗な夢幻の世界は、ポーの「大鴉」やボードレールの「悪の華」の漆黒の世界の対極にあるかに見えて、じつはまったくの同次元にある等価物なのである。会場の最後から二つ目の「読書する女」の姿が、最後に展示された「聖母」へとなんの違和感もなくなめらかに転位されているように。

ルドンが生涯に亘って描いたのは、朝と夜、生と死、人間と宇宙、万物をひとつに貫く「玄と混沌の世界」の不可思議であった。

◎なお本展は6月23日まで同館にておどろおどろと開催中。


あの人は黒い花びらひとたびは散れどまた巡り来る夢とルドン歌いき 蝶人



by amadeusjapan | 2013-05-11 10:55 | 美術

東京竹橋の国立近代美術館で「フランシス・ベーコン展」を観て


茫洋物見遊山記第120回

サザエ
観る前の印象としてはまんずこの人の名前が超カッコイイわね。でも現代絵画だそうだけど、訳がわからない絵だと困るなあ。

マスオ
まあなんと奇麗な色使いなんだろう。特にあのピンクとグリーン。ブライトカラーとパステルカラー、補色と黒との対比が異常なまでに劇的な効果をあげているから、顔と体がぐにゃぐにゃな異様な人物らしきものが描かれていてもどうでもいいような気になってくるんだね。

サザエ
ローマ法王とか死んだ同性の愛人とかモデルが特定できている絵もあるようだけど、そんなことは全然関係ない。あのぐにゃぐにゃのデクノボウになった怪物こそが私たちなんだわ。カツオもワカメもよーく見ておくのよ。

カツオ
はーい。ベーコンは私たちの内臓をベーコンにして描いたんだね。

ワカメ
ベーコンは、ムンクの絵をもっときれいに丁寧に描いたようなもんだね。

波平
ロンドンの彼のアトリエの写真が飾ってあったけど、その汚かったこと。あのゴミ箱の中からあんなに奇麗な画が誕生したなんて信じられない。あの地上の墓場的な醜悪さとあの抽象的で天国的な美しさと清潔さはワンセットになって画家の魂の中でぐちゃぐちゃになって共存していたに違いないね。

サザエ
それにしてあの蛸の八ちゃんを左右と正面から捉えた「三幅対」を自宅に飾っていたら、きっと一週間で全員発狂してしまうでしょうね。

マスオ
大丈夫さ、うちでは絶対に飾れないから。


◎なお本展は、来る5月26日まで東京国立近代美術館にてじぇいじぇいと開催中。


おのが内臓をさながらベーコンのように描きたりフランシス・ベーコン 蝶人



by amadeusjapan | 2013-05-10 09:22 | 美術

会田誠展「天才でごめんなさい」を見て



茫洋物見遊山記第111回

たとえば9.11の青空と飛行機を見て思わず「美しい」と呟いたり、美貌の皇室の貴婦人を瞥見して「犯したい」と思ったりするくらいの自由は、この息が詰まるような平成の御代に棲息する普通の市民に許されているはずだが、その市民の中に居る一握りの美術家がそうした思念を図像に描いた途端、気狂いとか変態とか非国民とかアナーキストなぞという無意味な誹謗と中傷を浴びせかけられるというのはおかしな話である。

気狂いが刃物を持つのは問題だが、小説家がペンを持って、画家が画筆を握って原稿用紙やキャンバスにどのような文章や図像を描こうが、それがどうした。その意味内容に文句があるなら夫子自身がそのように振舞えばよろしい、というのが表現の自由の良さであり、それを保証する社会の良さというものである。

だから会田誠というアーチストがニューヨークを爆撃する零戦を描いたり、鎖で繋がれて犬のように飼育されている手足の無い美少女を描いたりしているのは、ただ単にそれをそのように描いてみたかったということに過ぎない。そして今まで誰も提出しなかった「それ」を、その主題にもっともふさわしい表現形式と卓越した技術でえいやっと突き出したところが、この天才の天才たるゆえんなのである。

残るのはそれを見た人たち自身の問題で、ざまあみろ鬼畜米英と喝采したり、あれま残虐で可哀想すぎるからやめてけれと絶叫したりするのは、その人たちの勝手ではあるけれど、作家の仕事としては己の想念に忠実に行くところまで行ったという地点で話は全部終わっているのだ。

それにしてもこの人のヴィジョンの多種多彩で自由奔放で、痛快無比で一瀉千里で、孤帆出でて再び帰らずであり過ぎることよ! カントの「純粋理性批判」の全ページに悪戯書きする画家、オオサンショウウオと戯れる美少女、電動俳句看板、等伯の松林図を思わせる「電柱に烏」図、英仏独3人の画家に扮したもっともらしいパフォーマンス、「美少女」という文字の前で自涜する画家、自殺未遂マシンのための説明ビデオ、中国人を虐殺した老人たちの狂気に満ちたゲートボール、巨大なゴキブリに犯される美少女……命懸けの自己投企とエラン・ヴィタールの果てに漂う達成の虚しさも、哀切捨て難いものがある。

おそらくは作家自身にもとどめようのない衝動に突き動かされての創作・創造の所産であるに違いないが、万々歳!このようにエキサイティングな出し物が次から次に登場するとは夢にも思わなかった。

これは恐らく100年に1度あるかないかの、全国民必見の展覧会と評しても過言ではないだろう。なお本展は東京六本木ヒルズの森美術館にて3月31日まで開催中。


諸君、天才の登場に脱帽し給え。これこそは前代未聞、空前絶後の見せ物なり 蝶人



by amadeusjapan | 2013-03-15 09:35 | 美術

東京都美術館で「エル・グレコ」展を観て



茫洋物見遊山記第109回

私はキリスト教の宗教画がなべて押しつけっぽくて嫌いなのですが、なぜかこの人のは面白く見物できました。

もちろん画家は、基督やマリアや預言者や天使などがジャカスカ登場する聖書の中の物語や伝奇や奇跡を題材にしているのですが、会場狭しと並べられた51の作品をつらつら眺めていると、彼の関心は信仰の告白やら布教よりも、(もちろんそれもあるのだが)、絵の構想や表現のあれやこれやにおのずと向かっていったことがありありと理解されるのです。

その代表作はなんといってもトレドのサン・ニコラス教区聖堂に掲げられた「無原罪のお宿り」でしょうが、集愚が住まう地上世界を遠く離れて、聖母マリアがさらなる天空の高みを見上げる上方へ向かってうねうねと螺旋状に上昇する熱情と力は、このクレタ島生まれの絵師の劇的なるものへの天性の性癖と技巧を雄弁に物語っています。

初期の肖像画の作品を観ると彼の写実を再現するデッサン力の非凡さ(それはどこかマネを思わせるのですが)に感嘆するのですが、いずれの顔貌もある種のマニュエリスムに毒されていることが分かります。

大胆な構成と構図、そしてその内部を埋め尽くすマニュエラ(聖女や天使をくるむ分厚い布地や毎度おなじみの大腸のような鈍重なうねりとお決まりの色彩)の組み合わせが醸し出す雰囲気は、さながら一幅の壮大な漫画的宗教曼陀羅というところでしょうか。

聖母マリアの足元にいつもゴロゴロ転がっている、死せる天使の首がそうとう不気味でありました。

一国に一つの核をあげませうそれとも全部捨てますか 蝶人


*なお本展は同館にて4月7日まで開催中。



by amadeusjapan | 2013-03-04 08:36 | 美術

埼玉県立近代美術館で「ポール・デルヴォー展」を観て



茫洋物見遊山記第108回

ポール・デルヴォーはこれだけの作品をまとめて見たのははじめてであるが、時代順に眺めてゆくと、デルヴォーがデルヴォーになったのは1944年の「夜明け」からであることが分かる。

ここで突然現実が超現実に吸い込まれて現実的な超現実主義となった。現実のままにして超現実、超現実にして現実という滋味深い境地はこの人独自の個性的な夢想の境地で、そこが彼が私淑したデ・キリコや他のシュルレアリスム派と一線を画すのではないだろうか。

彼の作品に生涯の恋人と思しき女性は度たび出てくるが、男はほとんど登場しない。それほど女性への憧れの強い人でもあったが、美しい女たちは、生きながらにしてみな死んでいる。うつろな瞳を持った死せる美女たちが、ほら、駅や階段や庭園をさまよっているのである。私が鎌倉を散策するときに700年前の武士たちの戦場を凝視しているように、彼は死都ブルッセルをさまよいながら死者たちの舞踏を幻視していた。

しかしなんというても本展の白眉は、彼が97年になんなんとする生涯の最後の頃に、視力を奪われつつ制作した「カリュプソ」と2点のアンタイトル作品で、それまでの様式を中空になげうち、無念無想で描きあげた色も形も判明できないおぼろな像の中にこそ、ベルギーの紫魂、死魂、士魂、そしてブルッセルの地霊がありありと表現されているのであった。


狭庭に美人姉妹並び立つ紅白の梅とつおいつ眺めて 蝶人


*なお本展は3月24日まで同館にて開催中。



by amadeusjapan | 2013-03-03 10:22 | 芸術

鎌倉芸術館の「肉筆浮世絵の美」展を見て



茫洋物見遊山記第102回&鎌倉ちょっと不思議な物語第271回

今月の11日まで開催されていたのは毎度おなじみの「氏家浮世絵コレクション」から抄出された、目にもけざやかなる肉筆画の数々。

去年と同じ北斎の「桜に鷲図」、「酔余美人図」、鈴木春信の「桜花遊君立姿」などに出会えたのもうれしかったが、勝川春章、懐月堂安度、歌川広重の優品も雁首を揃えて春の訪れをば待ち望んでおりましたよ。


驚いた、驚いた、そこにいたのはテン・リトル・インディアンズ 蝶人



◎「佐々木健展」は2月23日まで開催中。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.466922300040540.106143.115264998539607&type=1&l=e263ea8c53
・展示内容のご紹介
http://www.tokyoartbeat.com/event/2013/FD93?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter
・2月17日午後5時から「絵とか建築の話」(仮)トークあり。http://twitpic.com/c18o04



by amadeusjapan | 2013-02-14 10:04 | 芸術

横浜美術館で「ドガ展」を見る



茫洋物見遊山記第41回&勝手に建築観光第40回


ポール・ヴァレリーの「ドガ、ダンス、デッサン」で知って以来、エドガー・ドガのデッサンをこの目でみることはわが年来の夢でしたが、ようやくその夢が横浜で叶えれらました。

1988年に丹下健三の手によってデザインされたこの美術館は、さながら巨大な石材置き場のように空虚で鈍重な建築物で、どこかオリエントの権力者の遺構を思わせるポストモダン風モダニスム様式は、当時の建築家と時代のあてどなさを雄弁に物語っています。

さてドガです。ドガはプロとしてはデッサンが下手なのです。下手と言って悪ければ苦手なのです。そして下手で苦手なくせにデッサンが大好きなのです。そのことは彼が好んで描いたバレリーナや浴婦の習作を見ると分かります。私に言わせれば、こんな悪戯描きは彼の手で廃棄すればよかった。少なくとも公衆の面前で公開する価値はありません。

むげに否定せずに拾い上げると踊子よりも裸婦の素描でしょうか。豊満な熟女が奇妙な姿勢で身体を捻じ曲げて背中を拭くポーズを背後からとらえた3つの連作スケッチは、彼の女性に対する異常な、あえていえば変態的な感受性を示すとともに、裸婦の具象が魔性を帯びた抽象に変異してゆくさまを期せずして記録していて鬼気迫るものがありますが、そういう恐るべきデッサンは他にはひとつとしてありません。

他の油彩、パステルはどうかと眼を転じてもほとんど観賞に耐えるような作品はなく、やはりあの有名な「エトワール」にとどめをさすということになるでしょうか。
この作品は他の踊子関連の作品と違って、登場人物の輪郭は完全に無視され、セピアを基調とするこの世のものとも思われない幻想的で美しい色彩の雲が、私たちをつかの間の夢想の彼方へと連れ去ります。
これはドガが固執するフォルムの正確さの追及を放棄した瞬間に誕生した奇跡的な抒情詩のようなもので、彼はその後「エトワール」を超える作品をついにキャンバスに定着することはできませんでした。

ではドガの最高傑作はどこにあるのでしょう?

それは会場の隅にグリコのおまけのように展示された躍り子と馬の彫刻のなかにあるのです。被写体に対して隔靴掻痒の状態でついに肉薄できなかったこの作家は、視覚が薄れゆく最晩年に至って、実物よりもはるかに美しく、生命力に満ち満ちた驚異的な芸術世界を完成していたのです。

会場の最後に並んだ15点の彫刻を目の当たりにして、私は、私のドガにとうとう出会ったのでした。

追記
ドガのアトリエに遺された彼の冬の帽子とスカーフとメガネのおしゃれなこと。これこそ古き良きパリの粋というものでしょう。彼の愛した踊子の小さなバレエシューズを見つめているとなんだかドガという男のことがはじめて分かったような気がしました。


ドガダンスデッサン ドガの愛したバレエシューズよ 茫洋



by amadeusjapan | 2010-10-18 21:23 | 芸術

新国立美術館で「没後120年ゴッホ展」を観る



茫洋物見遊山記 第40回


またゴッホか、と思いつつも、ゴッホと聞けば万難を排して駆けつけざるをえません。今回のゴッホはオランダのファン・ゴッホ美術館とクレラー・ミュール美術館からの貸し出しで油36点、版画・素描32点が同時代の有象無象と並んで展示されていました。

ゴッホといっても私は今回どっさり並べられていた初期の作品、たとえばミレーの農夫やジャガイモを食べる人なんかは見てもつまらないし、まったく評価もできません。
やっぱり凄いと思えるのはゴッホが狂ってからの最晩年の作品、具体的には1889年と翌1990年の画家の没年に、アルルとサンレミとオーヴェール・シュル・オワーズで怒涛のように制作された鬼気と生命力がみなぎる異様な作品群です。

気違いに刃物とはよく言ったもので、これらの遺作はすべて狂人の作品です。アルスの精霊が占拠した気違いの右手がキャンバスに激しくぬりたくったお筆先が、気違いにさえなれない私たち凡人の精神をこうまで揺さぶるのはいったいどうしてだろう、といつも不思議に思うのです。

今回まず私の眼と心をわしづかみにしたのはアルルで描かれた「ある男の肖像」でした。青緑の光彩を背景に大胆な黒で隈どられた暗黒街の顔役のニヒルな表情は、凶悪でありながらも美しい。こんな矛盾に満ちた肖像画を描いたのはゴッホだけでしょう。

そうして誰もが言葉を失って画面に魂を吸い取られてしまうほかにどうしようもないのがサンレミとオーヴェール・シュル・オワーズにおける恐るべき遺作です。

画家が退院を許されてはじめて筆をとった「サンレミの療養院の庭」に立つ樹木の奥には天使たちが乱舞しているように無数の色彩が氾濫していて、私たちの脳髄を直射します。ほら、あれらのお筆先の跡は、いままさにキャンバスに触れられた瞬間のようにキラキラと輝いているではありませんか!

そして「蔦の絡まる幹」「渓谷の小道」「夕暮れの松の木」「オリーブ畑と実を摘む人々」「草むらの中の幹」「アイリス」と続いて、どこか東洋的な諦観を感じさせる「麦の穂」で静かに告別の幕を閉じるこの偉大で異様なコレクションは、本展の圧巻でした。

美は恐るべきもののはじまり、とはまさにこういう一期一会の出会いについてのみ使うべき表現なのでしょう。没後120年だそうですが、ついさっき死んだばかりのゴッホは、いまも激しく生きているのです。


渓谷の小道をゆくは人か魔か げに美は恐るべきもののはじまり 茫洋



by amadeusjapan | 2010-10-06 15:36 | 芸術

あまでうすが綴る音楽と本と映画と詩とエッセイ
by amadeusjapan
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

以前の記事

2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月

最新のコメント

sukebass117..
by amadeusjapan at 11:47
コメント失礼します。 ..
by sukebass117 at 14:39
こんにちは。 私も汐留..
by desire_san at 23:10
santiargonさ..
by amadeusjapan at 14:18
明白な輪郭も色彩もなく、..
by santiargon at 13:54
santiargon さ..
by amadeusjapan at 11:21
desire_sanさん..
by amadeusjapan at 11:19
こんにちは。 私も六本..
by desire_san at 06:39
埴谷雄高の『自動律の不快..
by santiargon at 04:23
こんにちは。 私も六本..
by desire_san at 13:23

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

ファン

ブログジャンル

画像一覧